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偽善者と混乱の牙 三十二月目
偽善者と大規模レイド中篇 その02
しおりを挟むシンフォ高山 洞窟 工房
「うわー、凄い! お姉さん、本当に秘密基地みたいだね!」
「……どう、して」
ヘルメギストスの後を追い、入ったそこにはさまざまな素材と加工品が置かれていた。
いわゆる研究室、巨大な釜だったり魔法陣のタペストリーなども張られている。
そんな部屋の主は、入室した俺に驚きを隠せないでいる。
まあ、決して簡単ではないセキュリティをあっさりと破ってきたわけだしな。
「うーん、教えてもいいんだけど…………ほら、ねぇ?」
「っ……何か一つレシピを──」
「二つ、がいいかな? お姉さんの仕掛けも一つじゃなかったんだから」
「なら二つ」
交渉成立、と手をパンっと叩く。
目を丸くしてビクッとした彼女だが、すぐさま不服そうに頬を膨らませる。
──自分の隠れ家では魔道具を解除しているようで、素の反応が楽しめてます。
「まず最初の仕掛け、そっちは簡単だよね。お姉さんが触れていた壁面を解析して、必要な魔力波長を逆算。それをこの魔道具で調整して出しながらピッキングしたんだ……これがレシピね」
「……二つ目は?」
「二つ目はもっと簡単、変身の魔法薬。必要な物が何なのかは、もうレシピを見ているお姉さんなら分かるよね?」
「っ……変態」
ピッキングをしながら、変身ポーションを製作する簡単なお仕事。
必要なのは変身対象の体組織……簡易な物なら、髪の毛一本あれば充分だった。
祈念者の体組織は死に戻り時に消失するものの、それまでは保持することができる。
キメラ種から逃げている間に、こんなこともあろうかと採取しておいたのだ。
「まあ、そういうわけなんだよ。それじゃあお姉さん、約束を果たしてね」
「……何のことか」
「やだなー、ご褒美だよ。あっ、しらばっくれないでね。こんなこともあろうかと──」
『一人ずつしか入れない。入れたら、何がご褒美をあげる』
録音の魔道具が、彼女の声を流す。
生産者や商人であれば必須の魔道具、なので彼女もこれに関しては驚いてはいない。
「……何が望み?」
「うーん、特に決めてなかったんだけど。何か一つ、僕が作って欲しいって思ったものを作れるか試してみてくれないかな? こっちで材料は用意するから、お姉さんの持ち得るすべてを使って」
「……分かった」
「ありがとう! はっきり言うと、あんまり意味が無い約束なんだけどね。けど、もしお姉さんが僕より凄い錬金術師になったら……頼みたいと思う」
自分の方が上だと言っているが、彼女も俺の作ったレシピを目にしている。
それが嘘でも誇張でもなく、純粋な事実なのは百も承知だろう。
だからこそ今は、フラストレーションを錬金意欲へ変換させていた。
「どうすれば……っ、何でもない」
「ううん、お姉さんは何にも悪くないよ。それに、僕のはズルだから。合縁奇縁、偶然に偶然が重なって転がり込んできたもの。全部が借り物だから、説明できないってのが本当の所なんだ」
大神が干渉し、生産神の加護とその眷属神の加護群を与えたからこそ、生産に関して超常的な成果を叩き出している。
それはある意味、魔法云々におけるアルカとの差よりも酷い。
望めば何でも創れる、その域に俺の生産技術は達しているのだから。
「今は失われたけど、僕がかつて就いていた職業は【生産神】。文字通り、ありとあらゆる生産に精通していた……これも借り物だけどね。まあ、だからこそ、お姉さんにはそこまで行ってほしいんだ」
「どうして?」
「僕は頑張る人の味方になりたいんだ。それが偽善でも、本人から嫌がられても。少しおかしな縁だけど、僕はお姉さんを知った。そして、やりたいことを知った……なら、僕がやりたいことも決まる」
ノゾムの姿であろうと、俺は偽善者であることを止めてはいない。
まあ、できることに差があるので、やり方は変わるけども。
アルカはそれを受け入れることを、悪魔に魂を売るとか酷いことを言っていたが……アレは眷属にしていたから仕方ないだろう。
「それは……身勝手じゃないか?」
「うん、だよね。けど、お姉さんは提案を受け入れる……そうだよね?」
「…………」
「お姉さん自身に問題はない。いずれ、誰もが知るような錬金術師になると思うよ……どういう形かは分からないけど。でも、それは遠い未来のお話だもん」
魔法と錬金術、二人の天才だが致命的にその才覚を伸ばすために足りない物が、一方にはあった。
それは錬金術の方で、それゆえに彼女はまだ自身が望む領域に達していない。
「だから僕が、そこに協力するよ。必要な素材、お金、それから知識……お姉さんが欲しいと思った物は全部提供する。その代わり、僕の頼んだことに可能な限り応じてほしい」
「矛盾してる」
「そうだね。でも、さっきも言ったよ。この提案に、お姉さんは必ず乗る……僕を利用して、お姉さんは錬金術を極めるんだ。それ以外に、大事なことってあるかな?」
「…………」
世界がキメラ種によって危機になる中、俺たちは契約を交わした。
それはある意味、この騒動よりも厄介な事柄を引き起こすことになる。
だが、そのときの彼女がそれを知ることは無い……これからがどうなるかなんて、それこそ未来視でもないと分からないのだから。
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