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偽善者と混乱の牙 三十二月目
偽善者と大規模レイド前篇 その18
しおりを挟む仕切りの奥に居るであろう錬金術師は、間違いなく件のヘルメギストス。
勘で女性なのは当てられたが、それそのものが正体を明かすヒントにはならない。
だが気付いた以上、それを知りたがって仕方ない……ある意味【強欲】な求めか。
「ヘルメスお姉さん!」
『…………』
「アレから、改良は進んだの? えっと……『イタイのイタイの飛んでけーちゃん』は」
『…………飛んでけー君──っ!? どうして、知っているの?』
無視をしようとしていたみたいだが、引っ掛けてみたらあっさり釣れた。
……わざと名前を間違えれば、自分の物にプライドのある相手は反応するのである。
「お姉さんは、知っているはずだよ。僕を、そして……この味を」
『こ、これは……!』
「さぁ、思い出して。僕がいったい、何者なのかを」
『…………』
仕切り越しに届けたのは、相対した際にプレゼントしたドーナツ。
あのときより、ミスターな感じに工夫を凝らしたそれらをスッと差し出す。
しばらくして、小さな咀嚼音をわざわざ強化した聴覚が捉える。
どんな表情をしているかは分からないが、少なくとも不味いとは思わなかったようだ。
『……。思い出した、変な男』
「へ、変……まあ、会ったときのことは思い出してもらえたのかな?」
『その姿は魔法かスキル? それとも、そういうポーションを作れるのか?』
「魔法だよ。いちおう言っておくと、会った時の姿が本当のもの。けど、いちおう変身用のポーションも……ってうわぁ!」
俺は生産神の加護持ち。
何でも作れる技術があり、何より暇すぎる時間がたっぷりあった。
そして、変身魔法はさまざまな創作物において定番かつお約束。
面白いということで、レシピまでわざわざ用意していたのだが……彼女は食いついた。
バッと仕切りの上から顔を出し、見えない魔道具の奥から視線を光らせている。
時々、アルカも魔導を使うとそんな感じになるのでなんとなく分かった。
『そのレシピ、あるのか?』
「う、うん……あるけど」
『…………何か、条件が必要か?』
「うーん……じゃあその魔道具解除してよ。代わりに、他の物も付けるから」
レシピはデータとしてやり取りすることはできず、筆記しないと渡すことはできない。
だが読めばデータ化され、一定数のレシピの保持が可能となる。
まあ、完璧に覚えておけばレシピ枠を負担しなくなるぞ。
どうせレシピは自動生産などしてくれないので、保存し続けるのは無駄だしな。
そんなある意味使い捨てなレシピを、ヘルメギストスは手に取る。
しばらく読み耽り、レシピそのものに不可能や欺瞞が無いことは分かったことだろう。
──首元を触ると、姿を捉えられるようになる。
可愛らしい顔立ちもそれなりに目につくのだが、何よりその髪色が目立つ。
意図したモノでは無いのだろう、その桃色の髪は。
「……これで満足か?」
「うん、とっても可愛いね。それより、レシピについてどう思ったかな? 僕はそっちの方が気になるんだけど」
「…………」
「お姉さんなりに事情があるだろうし、隠していたのが勿体ないとかそういうつまらないことは言わないよ。それに、さっき渡したレシピには、いろんなポーションのレシピがあるから、言う必要もないよね?」
変身とは物理……というか魔法的な意味だけに当て嵌まらない。
髪の色を変えるのだって、イメチェン的な意味なら立派な変身だろう。
まあつまり、そちらの方も研究はしていてそれなりの間維持できる物が作れる。
そしてそのレシピもまた、彼女に渡した物の中に含まれていた。
「今はポーション作りで忙しいけど、終わったらいっしょに考えてくれないかな? 僕の周りに、あんまり錬金……というか生産のことを考えてくれる子がいないんだよね。僕が言いたいのはこれだけ」
そう言い残して、とりあえずこれ以上の絡みはやらないことに。
そして、ポーション作りを音漏れしない結界の中で再開する。
「上級錬金まであと少しだね。レシピは暗記してあるから、どんどん作ろうっと」
生産神の加護の恩恵、その一つ。
一度作ったアイテムの作り方は、思い出そうと思えばすぐに思い出せる。
レシピのような枠ではない、加護を通じて再ダウンロードされる感じだ。
神そのものが休眠中でも、システム的には正常に作動している。
「種類が足りないし、ここにある素材でどんどん作ろうっと。状態異常無効化、物魔半減とかのポーションなんていいかな?」
どちらも自然界ではかなり希少な素材を必要とするが、そこは生産神の加護。
ある程度の劣化を許容するなら、代替えの素材で何とかなると伝えてくる。
そして、結局劣化でも品質補正が働くので最低限元の効果を発揮できる代物と化す。
代替えに必要なアイテムを生産ギルドの倉庫から取り出し、錬金を始める。
「これならしばらくは楽しめるかな? 錬金スキル以外にもいろいろと習得できるかもしれないし……うん、頑張ろうかな?」
二ィナと攻城戦イベントでやったときは、まだまだ満たせなかった条件。
だが今回はレア素材も贅沢に使えるし……行けるかもしれないな。
なんて考えていた俺は、このときまだ気づけていなかった。
──自分の背後で、音もなく行われていたことに。
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