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偽善者と混乱の牙 三十二月目
偽善者と大規模レイド前篇 その09
しおりを挟む瞑想や呼吸などのスキルでどうにか誤魔化しているが、自然回復だけでは追いつかなくなってきた……俺のやっていることは非常に燃費が悪く、無駄が多いからな。
だが、縛り中なのである程度自由にやると決めている……具体的には、普段は使っていない消費アイテムなども使うつもりだ。
「っと、ポーション補給して……『槍』──“穿撃”」
生命力・魔力・精気力の三つを同時に回復できるポーション──劣化エリクサー。
劣化版なので肉体損傷の回復などはできないが、今は必要としないので問題ない。
俺は称号の効果で生産品質がB以上が確定なので、適当に作ってもそれなりの価値まで底上げできる。
足腰に力を入れ、武器自体を捻ることで螺旋回転を生み出す刺突系の武技。
宙を移動している俺だが、『遊歩ノ靴』の効果で着地点を自由に選択できる。
補った身力で準備を整え、再びキメラ種たちの首を落としていく。
あえて心臓や魔核は残し、今後の活用をできるようにしたのは──双方のためだ。
「キメラ種は食ってパワーアップ、祈念者は回収して素材ゲット。どっちにせよ、戦いを終わりに進められるな」
最初は同種を殺した相手を探していたキメラ種だが、自分で活用できる部分の豊富な死骸が増えていくにつれて、だんだんとそちらの方に意識が向きつつある。
祈念者たちもその隙を突いているが……あまり効果は出ていなかった。
熟練者の攻撃は効いているが、総数が少ないためキメラ種の数に追い付いていない。
「うーん、やっぱり根っこの部分を叩かないとダメかー。『弓』──“放射”」
《魔力付与、射線把握、視界把握、悪知恵、暗躍、挑発、再現、妨害、悪戯、魔眼》
今度は目を凝らし、引っ張った弓で狙いを定めて射った。
矢に魔力を籠めるのだが、先ほどの魔力体の効果はそちらにも宿る。
そのため、雷が迸り俺の狙った場所──目玉へと矢が直撃していく。
肉の柔らかい部分から体に電気が浸透し、狂え悶えるキメラ種たち。
「ディー、やってよし」
『♪』
宣告すると、今まで待機していたディーがキメラ種の下へ突撃。
自身の体を液状のスライムに変えると、できたばかりの穴を通って体内へ。
血を啜り、魔力を溶かし、心臓を喰らう。
体内からあらゆる要素を吸収し、それからしばらくしてディーは中から飛び出す。
傍から見て、キメラ種の姿に変化は無い。
だがその瞳だけは違い、非常に虚ろな目で辺りを眺め──同種の死骸へと喰らい付く。
これまで動くことを渋っていたキメラ種たちだが、先導者が現れたことで行動を開始。
周囲の様子など度外視し、息絶えたキメラ種の肉を貪り始めた。
その間もディーは暗躍し、次々とキメラ種たちの内部を侵蝕。
だんだんと虚ろな目になる個体が増え、半数以上がそうなったとき──動き出す。
虚ろな個体が突如として、生きている個体にも牙を剥いたのだ。
さすがに反撃をしているものの、初撃を受けた影響は明確に出ている。
「同士討ちなんて……やるね、ディー」
『♪』
「これなら次の分も安全そうだよ……だからもう一度、潜ってくるね。その間の護衛、頼もうかな?」
『♪』
任せとけ、と再び器用に親指を立てるので俺も一安心だ。
血で血を洗う戦いが繰り広げられる中、俺は目を閉じて意識を飛ばすのだった。
◆ □ ◆ □ ◆
N5W5 昏き冷洞
ここに眷属は派遣されていない……が、関係者が居るためやってきた。
膨大な数のキメラ種相手に拳を振るう男もまた、そんな俺に気づく。
「うおっ……焦った、新種のキメラかと思うじゃねぇか」
《人のことをキメラ呼ばわりって、結構酷いと思わないか?》
「そう思うヤツは、わざわざ顔を醜悪な魔物に変えたりしない」
《おっと、気分で変えていたんだった。悪い悪い、次は気を付けるとも》
これまでと違い、霊体を生み出してこの場へ飛ばしていた。
意味もなくやっていた変身魔法を解き、改めて会話を──
「……おい、まだやってるのかよ。いい加減そういう顔は止めろって」
《…………帰る》
「冗談、冗談だって! いつも通り、普通の顔立ちだから安心しろって……だからなんで帰ろうとするんだよ!」
《うるせぇイケオジ! テメェなんかオークのキメラにくっ殺されやがれ!》
冗談なのは分かっていたが、後半がトドメの一撃だった……いいもん、普通でもうちの眷属は優しくしてくれるもん。
心の中でもんもん言って心を落ち着かせてから、やっとこさ話に戻る。
《まったく、ナックルのせいでとんだ無駄な時間だった》
「誰のせいだ誰の……で、何の用だ?」
《現状を教えてくれ。あと、もう少し数が欲しいって伝言だ》
「了解……後半はマジで助かるわ」
隔離空間で無双している眷属たちが、お代わりを所望していることも伝えておいた。
ストレス発散にちょうどいいらしく、その数も多い方がいいそうだ。
俺は俺で、ここに来た理由の情報収集を忘れないで言っておく。
ナックルも戦いながらではあるが、息一つ漏らさず余裕そうに語りだす。
──ここは昏き冷洞。
凍てつく冷気によって保存された多くの魔物の情報を基に、とある学者が禍々しい狂気の研究を繰り返してきた地。
それゆえに、彼の生みだした始まりのキメラ種が眠る場所。
……つまり、こここそがワールドクエストの発生原因となった舞台だった。
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