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偽善者と混乱の牙 三十二月目

偽善者と大規模レイド直前 その09

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 それから俺は、二人の戦いを眺めた。
 その場には俺も含めて人族はたった三人、敵対する意思を持つ魔物の数は膨大。

 数えるのも馬鹿馬鹿しい魔物の海とも呼ぶべき出現数は、この迷宮のコンセプトが原因なのかもしれない。

 この迷宮の魔物の出現数は、端的に言ってしまえば──本人のレベルに依存する。
 それは種族レベルであり、職業レベルであり、スキルレベルでもあった。

 力を持てば持つほど、生みだされる魔物の数が増えていく。
 レベルもまた、同様に……倒せば倒すほど強くなり、より死地へと近づくのだ。


「ずいぶんとまあ、激しくなったもんで」


 彼女たちが共闘するようになって、その出現量は倍以上になった。
 それはひとえに、遅れてきた彼女が引き起こしたものなのだろう。

 だが、無尽蔵の魔物の海を彼女たちは討ち滅ぼしていく。
 彼女たちは二人、しかし魔物たちを倒すのは二人だけではないのだから。


「──お疲れ様、イア。それにカナも」

「お、お疲れ様です!」

「……何もしてないでしょ」

「はっはっは! そうとも言うが、そもそも望んでいないだろ? 望まれていないなら、俺が介入するはずないさ」


 召喚士と調教師、共に従魔師と総称される職業に就く二人。
 その総称通り、彼女たちは異なる手段で従魔を従え共に戦っている。

 獲得する経験値を彼らとも共有する分、人とのパーティーは組みづらい。
 今回もイアとカナが一パーティーずつ編成して、レイドを組んで戦っていた。


「どうだ、この迷宮は? 後腐れなく、どこまでもレベルを上げることができる……まあ死ぬ可能性が尋常じゃなく高いけど、俺の迷宮は基本的に強制帰還機能を付けてあるからな。自由民も安全だ」

「周りを気にせずレベリングできるのは、まあいいと思うけど」

「魔王さんは、大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫……何のことだ?」


 カナの質問は抽象的過ぎて、何のことを挙げているのか分からない。
 まあ、問題となることは山積みだからこそなんだが……。


「えっと、ハークさんが言ってます。これほどの迷宮は、維持も大変だって。その……普通の方法ではできないだろうと」

「ああ、そのことか。それなら大丈夫、俺も善人じゃないから、その普通じゃない方法で稼いでいるから」

「「…………」」

「冗談……じゃないけど、まあ少なくとも誰かが死ぬようなことにはなっていないぞ。時折大規模な魔法をぶっ放せば、その分の魔力でなんとかなっているんだ」


 正確には少し違うが……まあ、広義の意味ではその説明で間違いはない。
 迷宮の維持費を稼ぐためには、身力を集めればいい……死体が一番手っ取り早いのだ。

 だが、効率を求めなければもっと平和的な手段がいくらでもある。
 偽善者たるもの、自分が一番望む方法で物事を成し得なければな。


「──まあ、この話はそろそろ終わりで。次の発生もあるから、二人に意思表明をお願いしたい。次のワールドクエスト、イアとカナは参加するか?」


 問われ続けるとボロが出そうなので、本題に話を切り替えて誤魔化す。
 それを分かっているのか、片や溜め息、片や苦笑いで問いに答えてくれる。


「参加する。自由民に被害が出るのもそうだけど、やっぱりこういうイベントは参加するものでしょ」

「わ、わたしも、お世話になった方がいっぱいいますので」

「つまり、カナの方は具体的にどこを守りたいって希望があるわけだ……イア、そういうのはあるか?」

「特に無いわね」


 それならそれで、彼女には頼んでおきたい場所があった。
 召喚士として、広い範囲で戦うことができるイアならば……なんとかなるだろう。


  ◆   □   ◆   □   ◆

 第四世界 生命の秘海


 ビバ、海産物!
 お次にやって来たのは、ありとあらゆる海の生物を集めた迷宮。

 第一世界の海フィールドと違うのは、迷宮の制御によって非魔物も生存できている点。
 自由に生存できるあちらでは不可能な、強制的な共存も可能なのだ。


「「「…………」」」


 そんな場所で、違和感だらけの三人が釣り糸を垂らしている。
 いや、正確には凡人たる俺だけは普通な気もがするが……残り二人は問題だ。


「どうだ、釣れたか?」

「さっぱりね」

「そっちは?」

《難しいですね、魚の気配自体は感じ取れるのですが……餌に食いついてくれません》


 片やThe・お嬢様、片や真っ黒な騎士甲冑……違和感だらけである。
 そういう意味では、彼女たちに話しかけている俺も違和感の一つなのかもしれない。

 命懸けな『死戦の大地』と違い、ここは非戦闘エリアも用意されている。
 俺たちが釣りを行っているここもまた、釣り人たちが集うスポットだ。


「……ペルソナ、気配を探ろうとすると魚が敏感に察知して逃げるぞ」

《そ、そうなんですか?》

「そうよ。やるならもっと上手く、振動から読み取るぐらいにしないと」

「……お嬢さん、俺も含めて一般人にそれはできませんぜ」


 アレからも釣りは続けているようで、いつの間にそんなテクニックを習得していたお嬢さんこと『選ばれし者』の一人オー。

 声や振動などに異様な才覚を持つ彼女だからこそ、そんな探知方法が可能なのだ。
 ペルソナも優秀ではあるが、そこまで人並み外れたことは難しいだろう。

 ──なぜ俺とお嬢さんはともかく、ペルソナまで釣りをしているのか。
 それを明かすには、ほんの少しだけ時間を遡る必要……すら無いだろうな。


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