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偽善者と迷い子たち 三十一月目
偽善者と教育手伝い 後篇
しおりを挟む俺が集めた資料に一通り目を通したナックルは、何度もこちらをチラチラ見てくる。
すでにこの場に初心者は居らず、経験者たちによる説明を受けていた。
「なんだよ、資料に問題でもあったか?」
「いや……何人か、気になる奴が載っていたからさ。これ、全部本当なんだよな?」
「まあ、俺を疑いたいなら別にいいけど。どこに疑問があるか知らないが、少なくとも隠している情報はあまりないぞ」
「……そのあまりに賭けたいんだが、そっちはロクなことが書いてなさそうだよな。マジか──異能があるって」
異能、字のごとく他とは異なる能力。
今回の場合、スキルや職業などのシステム由来の恩恵以外で、個人が有している何らかの優れた力を異能として記してある。
素質はスキルとして誰でも再現できるのだが、異能は……できないとは言わないが、極めて難易度が高い。
要するに、先天性の固有スキルのようなものである。
ただしスキルでは無いので、どんな状況でも使える利点があるのだ。
「異能って言っても、素質の派生の場合も多いだろ。頭の回転が速い、音の聴き分けに絶対の自信がある、人とは違う感性がある……現実に居るんだから、おかしくないだろ。いわゆる個性ってヤツだ」
「それはそうなんだが……やっぱりこう、響き的に興味が出るだろ。あと、異能も個性もほぼ同じだから」
「そこに書いた通りだからなんだから、異能にもちょっと便利程度のものもあるだろ。個性もまたしかりだ」
例を挙げるなら、体の関節が人よりも柔軟といった異能があった。
ただし、骨折もするし、某ゴムの能力者みたいに伸びるわけじゃない。
他にも体温を少し上げられる(38℃)、視力を変化させられる(最大は2.0)、瞬時に毒入りか分かる(耐性は本人依存)……といった能力もあったな。
しかし、それがあるからと言って決して無双ができるわけではない。
せいぜい、かくし芸大会や宴会芸に出せる程度、といったものが大半だ。
そう、なのでどちらかと言えば異能よりは個性と言った方がいい。
それでも異能と称したのは……個性の範疇で収まらないものもまた、存在するからだ。
「もちろん、資料に書いた通りそれっぽい異能もあるぞ。けど、それに対抗できないわけじゃない。なんせこの世界は──」
「何でも自由だから、か。ちなみに、俺には異能とか無かったのか?」
「無かったな。というか、異能自体その資料の十分の一くらいだっただろ? 宝くじの上位に当たる程度に運が必要なんだよ」
なお、俺も異能は持ち合わせていない……俺が話術で人を怒らせてしまうのは、素質でも異能でもなく俺に問題があるだけでした。
同様に、俺と顔なじみな『ユニーク』の中にもそこまで異能持ちは居ないようで。
もしかしたら、当人もそれは異能だと気づかないのかもしれないな。
「そろそろ話を戻そうぜ。異能はともかく、他に何か質問はあるか?」
「あ、ああ、すまない。だいぶ異能のインパクトに持っていかれたな……こほんっ、異能のことは情報を開示してもいいのか?」
「止めた方がいいんじゃないか? とりあえずこっちに、異能を適当に誤魔化して素質として書いておいた資料がある。周りと話すなら、こっちでやった方がイイ」
「……そうさせてもらう」
ナックル相手なので正直に情報を開示したが、他の奴らにそれをする義理は無い。
偽善者は善人では無いのだ、自分の利益を優先して物事を考えてます。
◆ □ ◆ □ ◆
今回集まったクランも、決して慈善事業としてこの企画に賛同したわけじゃない。
金のひな鳥、すなわち有望な人材をどこよりも速くスカウトするためである。
しばらく時間を潰していると、ナックルが話し合いを済ませて戻ってきた。
他のクランは代表が直々に、スカウトを始めているだろう。
「とはいえ、互いの方針次第で受け入れも拒否もあるだろうしな……ちなみにユニークはどういう感じなんだ?」
「いちおう、トップクランとして有名だからな。定期的に試験をやって、合格したら受け入れだな。クランのランクで受け入れ人数にも制限があるから、下請けのクランとかも作る予定だ」
「かぁ、羨ましい話だよ。うちのクランには一生縁の無い話だ」
クランのランクは個人の物とほぼ同じで、上がればクラン単位で評価されるだけ。
ただし、どれだけ上げても無制限にはならないので、傘下などを作る場合が多い。
うちはティンスとオブリが頑張ってくれたので、全員が所属可能になっている。
ついでに言うと、逆に枠が余り過ぎていると注意を受けたことがあるらしい。
……まあ、強いんだから、難易度の高い依頼をどんどんクリアしてほしいのだろう。
「それで、省かれたのはどれくらいだ?」
「──これだけだ」
「ふんふん、てっきり十人ぐらいは残してくると思ったんだが……大丈夫か?」
「見込みまで書かれているんだ、可能な限り受け入れて育てたいと思うだろう。互いに牽制しているから、ブラックな環境になることは無い……昔流行ってた、追放ものみたいにはどこもならないさ」
ナックル同様、基本的に善良なクランで今回の企画をやっているからな。
そこら辺に関しては、俺もさして考えてはいなかった。
しかしながら、そんな彼らでも受け入れることのできなかった者たちが居る。
それは本人の意思だったり、問題によるものだったり……難しいな、人間関係って。
「それじゃあ、二つ目の願い事を叶えてやるとしますか。別に、クランの方で受け入れなくてもいいんだよな?」
「ああ、せめて彼らが自分のやりたいことをできるようになってくれれば、俺たちも安心してやれる。お前の所は……まあ、初心者には居づらい場所だろ」
「了解、了解っと。じゃあ俺も、久しぶりに祈念者らしく振る舞ってみますか」
ある意味それこそが、今回の縛りの御題目なのかもしれない。
手伝いから始まった偽善だが……うん、少し面白くなってきたな。
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