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偽善者と迷い子たち 三十一月目

偽善者と霧の都市 その29

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 精霊が受肉した人形を運搬し、俺たちは彼女の住居に帰ってきた。
 ちなみに報告などで時間が過ぎ、すでに朝方である。

 受肉の方は順調だが、もう少し程時間が掛かるだろう。
 それが終わったとき、それがおそらく俺がここを出ていく時となるはずだ。


「──お姉さん、朝ですよ」

「……うん、いい朝だね」

「あの、お姉さん。目の下のクマがくっきりと見えてしまっていますよ」

「そういう君こそ……あれ、無いね?」


 不眠不休で活動できる俺なので、クマなどは全然できないんだよな。
 推理通り寝てはいないんだが、それにはそれで理由があった。


「それにしても、なんともいい匂いが……なるほど、そういうことかい」

「お姉さんに隠し事はできませんね。その通り、今日は奮発しましたからね。いっしょに食べましょう」

「ああ、そうしよう……そこでゆっくり、昨日の続きをしようか」


 俺の問題にそこまで付き合わせるのはと考えているが、彼女は探偵としての推理力で、いろいろと見抜いてくるからな……うん、大人しくカウンセリングされます。

 彼女を起こし、共に朝食を並べたリビングへ向かう。
 今日は手加減無しで、思いっきり豪勢な料理を用意……したはずなんだがな。


「────ッ!」


 そこには灰色の髪の少女、そしてその中身がほとんど空になったお皿があった。
 どうやら俺たちが話している間に、完全に受肉が終わっていたらしい。

 しかしまあ、精霊とは空腹を感じない種族のはずなんだが……何か変わったのか?


「君の考えている通り、今のあの子……は、半精霊になっていると思うよ。だから、ああして初めての食に関する欲求を満たすべく、たくさん食べているのだろう。もちろん、君の料理が美味しいのも理由だろうけどね」

「……とりあえず、追加で料理しますね。このままだと、僕とお姉さんの分が無いみたいですし」

「────ッ!」

「どうやら、彼女も、ね? あとで、このことも聞かせてもらおうかな?」


 ジトーとした視線から逃げるように、料理へ没頭して意識を逸らす。
 そのせいか、最初に用意した物よりも少々豪勢になってしまった。


「できました、どうぞ召し上がれ!」

「────ッ!」
「ありがとう。ところで、見たことも無いような物がたくさん並んでいるね」

「あははっ。僕の故郷で売っている物を、多めに並べてみました……朝食にしては少しキツいかもしれませんが、いろいろと仕掛けがありますのでご安心を」

「料理に仕込みはあると思うけども……君の言い方だと、なんだかそれ以上のモノだと感じ得ないね」


 なんて会話をしている間も、残った朝食をまだまだ元気に食べている精霊。
 その姿に苦笑し、新しく作った分を食べることになった。


  ◆   □   ◆   □   ◆


「──さて、この子が君の悩みを解決するのに一番だろう。これまで通り、君が君の言う偽善によって救われた子。いつの間にやら女の子になっているけども、その事実が変わることは無い」


 精霊は『機巧乙女』を用いて受肉しているので、その名の通り女の子になっている。
 もともと中性的……というか無性だったので、その容姿に変化は無いはずなんだがな。

 彼女は鑑定スキルを持っていない。
 というより、この世界の人々は探偵という概念を流行らせるためなのか、誰一人としてシステムを覗ける鑑定が使えないのだ。

 だからこそ、異なる視点で見ることができるのだろう。
 そんな彼女が、俺の変わらない……変われない問題を教えてくれる。


「君が偽善を望むことは本当だろう。どうして、そうなったのかは非常に興味深い話だがね。ボクが昨日言ったことを、ちゃんと覚えているかな?」

「えっと……信じても信じなくても、信じることになる、でしたっけ?」

「まあ、その認識で構わないよ。君の選ぶべきは貫くこと、それは紛れもなく君の本懐を遂げるために必要なことさ。この子も……君が、救ったんだよ」

「────」


 パクパクとお菓子を口に抛る少女の姿をした精霊。
 俺の方は一瞥すらせず、ただお菓子と彼女の方だけを見て食べていた。


「僕、無視されている気がします」

「いいや、そうじゃないさ。君のことは意識している。ほら……話しかけてごらん」


 肩を叩かれ、ゆっくりと俺の方を見て……すぐに顔を隠す。
 まあ、完全に無視されているわけではないことはよく分かった。


「ぁっ、──」

「ほら、ちゃんと聞いてあげて」

「えっと……はい」


 一歩近づくと、一瞬ビクッとされる。
 それでも逃げたりはせず、ギュッと力を体に籠めている……その目は何かを訴えかけていた。


「何、かな?」

「ち……」

「ち?」

「──父君ちちぎみ!」


 思考が停止する。
 言われる台詞を推測した中に、基にしたであろうジャック・ザ・リッパーが言いそうなものとして、まあいちおう想定はしていた。

 けど、予想以上の呼ばれ方である。
 もっと気安いモノだと思ったのだが、ずいぶんとお堅い……そして、俺が父親役ということは。


「は、母君と、助けてくれて……あ、ありがとう!」

「というわけさ。ボクはお母さん、君はお父さん……彼女はそう認識している。君は、どう思うかな? ただ受け入れるだけ、そうではなくてね。良ければ、名前も決めてやって欲しい。ボクと君の繋がりになるだろう」

「父君……」

「ぼ、僕は……」


 気軽に呼ぼうとも思ったが、あまりに真剣に見てくる二人になかなか言いづらい。
 ただあるがままに受け入れる、それだけではダメだと彼女の顔が物語っている。

 さて、どう考えてどう答えるのが正解なのか……捻ってもいいアイデアは浮かばない。
 そうなったら、もう直感的に閃いたものを答えにすればいい……そう教わったよ。


「──『ジリーヌ』。これが君の、これからの名前……なんてどうかな?」

「ジリーヌ……ジリーヌ、ジリーヌ!」

「ははっ、気に入ってもらえて何よりだね。これにて──『一件落着』だよ」

「そうですね……はい、本当に。これで事件は終わったようです」


 脳裏に響くアナウンスは、俺たちの事件が幕を閉じたことを告げていた。
 これからの世界がどうなるのか……そのすべてを、決して聞き逃してはいけない。


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