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偽善者と迷い子たち 三十一月目
偽善者と霧の都市 その27
しおりを挟む彼女は精霊に干渉を行い、内部から救うための準備を行っている。
樹木でその身を縛り上げているが、時間があればそのうち打ち破っていたはずだ。
しかし、今は彼女が内部で何かをしているため、それが表に出てこない。
つまり何もしていておらず、一見すれば何も起きない時間が続く。
「──それでも、頼まれましたから。彼女が失敗したとき、そのカバーをするのが僕の仕事ですから」
万が一、億が一……そんなありもしない可能性でも、彼女が託したのだ。
何が起きてもいいように警戒していると、突然それは始まった。
「……動き出したか」
樹木に縛られていた精霊から、膨大な量の瘴気が解き放たれる。
霊視スキルで確認、それは精霊が強引に取り込んでいた分のエネルギーだった。
おそらく彼女が何かをし、ジャック・ザ・リッパーの力を削いだ結果だろう。
逸話や伝承の体現が、より不完全になっているのだろう……体が耐えきれないのだ。
『──フハッ、フハハハハ!』
「まあ、そしてそれがまた別の個体として動き出すのは定番ですよね」
『止マラヌ、止マラヌゾ! 我ガ大魔法ハ後少シデ完成スルノダ! 邪魔ナド──』
「そんなことだろうと思いましたので、そこら辺の対応もしますよ──“植矢”」
察するに、例の魔法師の人格が表に出てきて悪さをしようとしていたのだろう。
だがさすがは彼女、こうなることも予想していたわけだ。
すぐに『霊包樹』を生長させ、動きを拘束する……が不自然に発火して炭化。
使える属性は闇、そして火と水と霧……闇精霊と違い、他の属性も有効に使うか。
「ならば──『過負荷』、『魔力精製』」
『ナンダソレハ!』
「貴方には関係ない、別の世界の技術ですのでご安心を。それよりも、一気に行きますからね──“星辰強化”」
普段用いている身体強化の星辰版。
魂魄を強化することで、霊体である魔法師にも強いダメージを与えるようになった。
たでさえ、自身の限界まで生成している魔力を高純度に精製しているのだ。
それを注ぎ込み、眼前の魔法師を倒すためだけに使えば──効果は絶大だ。
『何ヲシヨウト──』
「──“自動詠唱:失消”。貴方には、何もさせませんよ」
『ナ、何故発動シナイ!?』
「僕の魔力が続く限り、もう貴方は二度と魔法が使えません。仕掛けはあとで教えてあげますよ……そう、貴方が死ぬときにでも」
祈念者は[メニュー]を操作すると、一度発動した魔法なら簡単に使うことができる。
コマンド登録のようなことが行われ、魔法名だけ言えば使えるようになるからだ。
無詠唱にはならないし、発動には相応の準備が掛かる。
──なんて問題を魔力のごり押しで解消して、再現したのが“自動詠唱”だ。
俺が決めた条件下において、セットした魔法が自動的に発動するようになっている。
マクロのようなものだが、先ほども言った通り非常に燃費が悪い。
なので、ここからは大した魔法を使うこともない……その体に近づき、勢いをつけて殴り飛ばす。
「──『近身打』」
『グ、ガ……アガガガッ!』
「オラ、オラ、オラ、オラオラオラ……!」
最低限しか武の心得が無い魔法師だったようで、抵抗する力は弱い。
いかに優れた魔法師であろうと、ここまでくれば悲惨なものだ。
だが、世の中には想定外な出来事なんていくらでもある。
ここで抱いた怒りが、より状況を悪化させる可能性だってあるのだから。
「そうならないように、終わりにすることにしましょう──『伝導宣糸』」
『頭ガ、脳裏ニ術式ガ!』
「使いなさい。それこそが、唯一貴方に残された救いの道。それ以外の魔法を使おうとするならば、容赦なく潰します。その先に救いがあると信じ──使え」
『畜生ガァアア──“集力暴発”!!』
直接魔法師に刻み込んだのは、これまた毎度お馴染みの自爆魔法の術式。
武力に脅され、それを使う魔法師……発動したその瞬間、魔法師はニヤついていた。
今は“自動詠唱”で“失消”が勝手に使われる状況だが、今回の魔法だけを対象外にしてあるので、それ以外の選択肢はない。
自分は死霊であり、その程度では滅ばないという算段なのだろう。
俺は自爆の影響で死に、邪魔する者もいなくなる……そう考えたはずだ。
「──“無純障壁”」
『バ、カナ……』
「終わりです──“斬ノ理”」
自爆の影響は強制的に無効化し、俺はただ冷酷に告げる。
もう魔法師の魔力は空だ、“自動詠唱”を解除して最後の切り札を切った。
準備していた、膨大な魔力を消費しなければならない斬撃の魔術。
生成し、精製した魔力をすべてただ至高の斬撃のために籠める。
「眠れ亡霊。なんちゃって夢現流武具術──『異間斬』」
低スペックな俺が、強引に振るった最高の一撃が魔法師に的中。
その核だけでなく、存在そのものをこの世界から切り裂く。
悲鳴も何も、存在から斬ったため何一つ残すことは無い。
ただ生まれるのは、俺しかこの場に居ないという現実だけだった。
「さて、後はお姉さんを待つだけか……あ、またこのパタ──」
同じく夢現流武具術を再現したときの焼き回し、地面が俺を熱烈に歓迎する。
最後に酷い痛みを感じて、俺の意識は断絶するのだった。
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