1,979 / 2,518
偽善者と迷い子たち 三十一月目
偽善者と霧の都市 その25
しおりを挟む偽善者として、自我無き闇の精霊を救いたいと願った。
依頼主として、とっくにどういった形であれ救済したいとは彼女に伝えてある。
とりあえず気絶させ、すべてが終わるまで隠しておこう……といった頭空っぽな解答をする俺より、数千万倍ほど優れたアンサーを導き出してくれるはずだ。
ジャック・ザ・リッパー──以降は精霊と呼称──は虚ろな目を俺と彼女に向ける。
運営に刻まれた命令に従い、殺すための作戦を立てているのだろう。
『──』
「先生、そちらに行きます!」
精霊の特徴として、詠唱を必要としない魔法の発動が挙げられる。
人よりも魔法に近しい存在なので、より効果的かつ効率的に使いこなせるのだ。
闇の精霊であり、霧の性質である火と水属性も扱えるジャック・ザ・リッパー。
純粋な戦闘力では劣る俺よりも、秘密を暴いた彼女を襲うことを選んだようだ。
闇が重力を消し、火と水は身体強化などに用いて勢いよくジャンプ。
同時に霧を操作し、彼女の視界を覆うように濃霧を作り上げる。
「そう来ると思ったよ」
「させるか──『場下隆起』!」
彼女の期待に応えるべく、術式を読み込み地面を媒介に起動。
ジャック・ザ・リッパーが向かうよりも先に、俺は地面に押し上げられて上空へ到達。
足に魔力を流し込み、精霊に干渉できるよう仕込みを行い──後頭部を蹴りつける。
「──『流星落脚』!」
『ッ──!?』
「ライダー、キーーーック!」
精霊には物理攻撃が通じない。
魔法による攻撃も、弱点属性以外は大して通らないためあまり無意味。
彼の精霊は闇と霧属性なので、弱点は光と雷属性……そしてもう一つ。
低スペックな俺は光魔法なんてレアな魔法は未だに習得できておらず、雷もまだ。
だが最後の一つだけは、他の理由もあってどうにか習得できている。
その属性の力も借りた影響か、霧に紛れようとした精霊を強引に蹴ることができた。
そして、そのまま地面に押し付け、脚から魔法を起動。
地面に干渉し、精霊が彼女の下へ向かわないよう食い止める。
「──“泥拘束”!」
泥属性、水属性と土属性を複合することで生み出すことができる属性。
本来の目的を果たす過程で得たこの属性魔法は……なんというか、粘着質だ。
「沈め──“泥沼”!」
『──』
「ノゾム君、離れるんだ!」
「“縮地”……うわっ!」
指示に従い、即座にこの場から離れる。
その瞬間、精霊を留めるために生みだした沼が、突如として黒く染まった。
侵食された闇の中から、ゆっくりと精霊が出てくる。
拘束していたはずの泥の楔は失われ、縛る物が無くなった精霊が──俺を見た。
『──』
「『水鏡反響』!」
言われるまでもなく、この後の展開は否が応でも理解できる。
瞬きをしたその瞬間、俺の眼前には精霊が居て刃を振るい──相殺されていた。
たとえ俺が認識できずとも、水鏡に収めることができれば自動的に発動する。
映りさえすれば起動可能、強制的に攻撃を無効化できる方法を選んで正解だった。
すぐに視力を強化できるスキルを起動し、改めて精霊を視る。
少々不思議そうに首を傾げたが、再びこちらへ向かい──再び跳ね返された。
「けど……もう気づくのか!」
『──』
「くっ──“土壁”!」
水鏡を媒介にした魔術である以上、その仕組みを知られてしまえば無力化は容易い。
精霊だからか、それとも本能か……闇で水鏡を覆うことで精霊はそれを突破した。
水鏡を砕き、とっさに展開した複数枚の土壁を次々と砕いていく。
そして、最後の一枚を砕いたときに俺と目が合う──反対側に張り付いていた俺と。
「──『奪力吸込』!」
『──!?』
「からの──“身水脱木”!」
魔術もまた、純魔力によって魔力の塊である精霊に干渉できる。
俺の手が精霊に触れると、そこから凄まじい勢いで魔力を徴収していく。
同時に、泥魔法を獲得した本来の目的である木魔法による干渉も実行。
精霊……ではなく、その身に纏う霧から水分を根こそぎ奪っていった。
二重の強奪には、さすがの精霊も黙ってはいられないようで。
完全な無詠唱で闇の力を爆発、俺を吹き飛ばしたうえで闇の刃を二本飛ばしてくる。
「──『魔壁』」
だが、それは俺が防ぐまでもなく、彼女が代わりに魔術で防御してくれた。
余裕ができた俺は、しっかりと回転して勢いを殺し、受け身も取ったうえで着地する。
「先生、この後はどうすれば!?」
「こればかりはどうにも。ただ、答えるだけでは不正解だったか……それとも、まだ答えるべき要素があるのか。いずれにせよ、時間が必要になる。最低限補助はするが、物理的な介入は難しくなるよ」
「構いません。先生は、先生の方法でこの事件の終息を。僕は僕のやり方で、なんとかしてみます」
彼女にはそう伝え、推理の方に専念してもらうことに。
偽善者なので正々堂々とは言わず、あくまでも俺のやり方としか言わないでおく。
先ほど奪った水分は、掌に隠し持っている種に回された。
魔力もたっぷり吸ったので、すでに発芽の準備は整っている。
……チャンスはそう多くない、なんとしても成功しなければ。
0
お気に入りに追加
510
あなたにおすすめの小説
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
DPO~拳士は不遇職だけど武術の心得があれば問題ないよね?
破滅
ファンタジー
2180年1月14日DPOドリームポッシビリティーオンラインという完全没入型VRMMORPGが発売された。
そのゲームは五感を完全に再現し広大なフィールドと高度なグラフィック現実としか思えないほどリアルを追求したゲームであった。
無限に存在する職業やスキルそれはキャラクター1人1人が自分に合ったものを選んで始めることができる
そんな中、神崎翔は不遇職と言われる拳士を選んでDPOを始めた…
表紙のイラストを書いてくれたそらはさんと
イラストのurlになります
作品へのリンク(https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=43088028)
虚弱生産士は今日も死ぬ ―小さな望みは世界を救いました―
山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。
Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。
最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!?
ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。
はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切)
1話約1000文字です
01章――バトル無し・下準備回
02章――冒険の始まり・死に続ける
03章――『超越者』・騎士の国へ
04章――森の守護獣・イベント参加
05章――ダンジョン・未知との遭遇
06章──仙人の街・帝国の進撃
07章──強さを求めて・錬金の王
08章──魔族の侵略・魔王との邂逅
09章──匠天の証明・眠る機械龍
10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女
11章──アンヤク・封じられし人形
12章──獣人の都・蔓延る闘争
13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者
14章──天の集い・北の果て
15章──刀の王様・眠れる妖精
16章──腕輪祭り・悪鬼騒動
17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕
18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王
19章──剋服の試練・ギルド問題
20章──五州騒動・迷宮イベント
21章──VS戦乙女・就職活動
22章──休日開放・家族冒険
23章──千■万■・■■の主(予定)
タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。
俺と異世界とチャットアプリ
山田 武
ファンタジー
異世界召喚された主人公──朝政は与えられるチートとして異世界でのチャットアプリの使用許可を得た。
右も左も分からない異世界を、友人たち(異世界経験者)の助言を元に乗り越えていく。
頼れるモノはチートなスマホ(チャットアプリ限定)、そして友人から習った技術や知恵のみ。
レベルアップ不可、通常方法でのスキル習得・成長不可、異世界語翻訳スキル剥奪などなど……襲い掛かるはデメリットの数々(ほとんど無自覚)。
絶対不変な業を背負う少年が送る、それ故に異常な異世界ライフの始まりです。
モノ作りに没頭していたら、いつの間にかトッププレイヤーになっていた件
こばやん2号
ファンタジー
高校一年生の夏休み、既に宿題を終えた山田彰(やまだあきら)は、美人で巨乳な幼馴染の森杉保奈美(もりすぎほなみ)にとあるゲームを一緒にやらないかと誘われる。
だが、あるトラウマから彼女と一緒にゲームをすることを断った彰だったが、そのゲームが自分の好きなクラフト系のゲームであることに気付いた。
好きなジャンルのゲームという誘惑に勝てず、保奈美には内緒でゲームを始めてみると、あれよあれよという間にトッププレイヤーとして認知されてしまっていた。
これは、ずっと一人でプレイしてきたクラフト系ゲーマーが、多人数参加型のオンラインゲームに参加した結果どうなるのかと描いた無自覚系やらかしVRMMO物語である。
※更新頻度は不定期ですが、よければどうぞ
VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?
ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚
そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
女神様から同情された結果こうなった
回復師
ファンタジー
どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる