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偽善者と迷い子たち 三十一月目

偽善者と霧の都市 その23

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 疲れ切った俺をもし誰かが見れば、激しい戦いを繰り広げたのだと思うだろう。
 しかし現実はとても残酷で、戦闘以上にお説教のダメージが体に残っていた。


「準備はいいね?」

「……はい」

「まったくできていないね。だが、もう進むしかない。ノゾム君、気づいているかな?」

「先生がお説教をしている間に、すべての霧と霊体がこっちの迷宮に取り込まれたみたいですね。最深部で何が起きているのか、もう誰にも予測できません」


 まあ、ある意味終止符を打つには最適な展開ではあると思うが。
 霊視スキルでも、膨大な量の霊体の存在感が奥に集まっているように視えた。

 彼女に霊的センスは無いようだが、そんな彼女が分かるほどのナニカがあるのだろう。
 その変化は迷宮そのものにも干渉しているようで、階段を降り切った光景も凄かった。


「先生、これは……いつの間にか、僕たちは戻ってきたのでしょうか?」

「有幻霧、術者が望んだ虚構を現実に反映するという魔法がある。集った霊体たちが触媒になって、それに似た現象を引き起こしているのかもしれない。ジャック・ザ・リッパーの本体が持つ、刻まれた光景を映し出して」


 最深部に広がっていたのは、ここ一週間ほど滞在していた数世紀前の西洋の街並み。
 そこに魔力の要素で魔道具などを足した、ややファンタジーな都。

 ロンドンのようなナニカ、それがこの地に存在している。
 ただし、生者の反応はいっさいない……代わりに亡者たちが生活を営んでいた。

 俺は屋根の上に登って周囲を調べ、彼女は階段を降り切る直前で座って観察。
 調べた情報を数分後に、お互いに共有していく。


「街が途中で途切れていました。神殿や時計塔は無く、家の中などもあまり再現されていませんでした。代わりに路地裏などは忠実に再現され、誰も入っていない馬車が動いていたりしていました」

「ボクの方から見た限り、あの霊体たちは本物じゃない。覚えている限り、記憶していた顔と照合してみたが……該当数はゼロ。何より、類似点が多かった。おそらく、君の言うところの『運営』が用意したのだろうね」

「霊体はあくまで、迷宮核ダンジョンコアの方に取り込まれたんですね。なら、霧もでしょうか?」

「おそらくはね。これまでは単純に性質が強化されていただけだろうが、何か別の物が介入しているはずだ。そして、この街でボクたちがやることは──『運営』が定めた、本物のジャック・ザ・リッパーを見つけること」


 本来のクエストであれば、いったいどの時点で終わっていたのだろうか。
 とうに今さらな話なので、意味もないことだがつい思ってしまう。

 この迷宮に来ること自体は……まあ、一週間以内でも可能だろう。
 しかし、それでも何がどうなったらこういう展開になるのかさっぱりである。

 いちおう、探偵と協力して犯人を見つけるというのが、元の在り方なのは理解した。
 おそらく、特殊要素の方はクリアする必要が無かったというのも認識している。

 なんせ通常要素の中に、『事件解決』という記載があったのだ。
 それを済ませてしまえば、クリア扱いで解放されていたはず。

 だが、特殊要素の中には解放だの真実だのといったタグがあった。
 彼女が推察した話だと、実行不可ゆえに廃止されていた可能性があるらしい。

 俺が次元魔法で引き延ばした結果、それらが干渉するルートが生成されたんだと。
 シンなる物語、用意はしたが誰もできないと捨てられた運命せんたくし


「先生……お姉さんは、どんな人物だと思いますか?」

「ほぼ推理はできている。その顔を見れば、君でも分かるだろう……もちろん、これまでのジャック・ザ・リッパーからして、そう簡単に顔を見せてくれるとは思わないがね」

「あっ、認識できないんですね」

「そういうことさ。見つけられない、もしくは誤った解答を導き出した場合には刺客が向けられるだろう。ノゾム君、正真正銘これが最後の事件となる……手伝ってくれるね?」


 そう訊ねた彼女に、俺は肯定の意を告げるのみ。
 探偵である彼女が最高のパフォーマンスができるよう、全力で支えるだけだ。


  ◆   □   ◆   □   ◆


 とはいえ、答えが分かっていてもそこへと(物理的に)辿り着く方法が分からない。
 推定ではあるが、ジャック・ザ・リッパーには何にでもなれる能力があるらしいので。

 絵本でよくあるナニカを探すゲームで、そもそもの正解が変装していれば本末転倒だ。
 いっさいのヒントも無く、答え自体が認識できない状態でどう探せばいいのやら。


「ノゾム君の語ったジャック・ザ・リッパーの人物像は、虚実が意図的に混ぜられたものだった。魔力が無い世界にも関わらず、どうしてそれほどまでに拡大した解釈ができるのかと感嘆してしまうほどだったよ」

「……無いからこそ、ですよ。僕はこっちの世界で、魔法にもスキルにも限度があると分かりましたが、そんなものはあっちで認識できません。だからこそ、望む限りの理想を幻想に押し付けることができます」

「例のチートというヤツだね。『運営』にはそんな君たちの理想を、ナニカを使って体現することができる。うん、これもとても興味深いと思うよ」

「そんな僕たちの理想のジャック・ザ・リッパーを、どうやって見つければいいんでしょうか?」


 俺がそう問うと、彼女はそれはもう楽しそうに答えてくれる。
 その内容を聞いた俺は……尋ねてしまったことを若干後悔するのだった。


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