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偽善者と迷い子たち 三十一月目
偽善者と霧の都市 その20
しおりを挟む三階層、そこは地下牢よりも悪辣な環境。
霧は白から黒へ、共に漂う悪臭がより集中力を奪っていく。
そこは地下道、魔力という概念と土魔法の存在のお陰か速めに築かれた人工の迷路。
三階層として組み込まれたその道を、俺たちは通っていく。
「おそらく、この次が最後だ。例の魔法師が居たのも地下道、彼の執念をもこの迷宮は取り込んでいるのだろう」
「つまり……その魔法師がここの守護者?」
「いや、彼自身では無いだろう。魔法師たちも、そういったことは想定しているはず。おそらく処分した際、何かしらの細工をして蘇生などができないようにしたはず。だから、迷宮にできるのはその再現だけだ」
迷宮が取り込むのは、物質や身力などのエネルギーだけではない。
想念、意志の力というものをも取り込むことで、自己のために利用している。
まあ要するに、特定の存在でなくとも大まかに何かしたいという思いがあればいい。
その思いを擬似的な自我として、器やエネルギーを迷宮が提供するのだ。
それが果たされるまで、その思いを詰められた魔物はある程度自由に動ける。
空っぽの個体よりも、執念がある分非常に厄介になる……というかそうだった。
迷宮の管理者でもあった俺なので、そういう部分は結構試している。
いろいろ準備して、{感情}で弄った思いを籠めたりすると……異常個体になってたよ。
「この階層はそれが色濃く出ている。妄執に囚われた者たちが、多く現れている……何より、より肉体を得ているようだね」
「これは……少し時間が掛かりそうです」
「そうだね、そうして君は先ほどのような無茶を繰り返すんだろう」
「うっ……」
たしかに、困ったらやろうという考えは脳裏に浮かんでいた。
限界突破スキルも得たことで、よりその考えは実行しやすくなっている。
自壊耐性スキルが耐え切れないレベルで暴れれば、突破も容易いだろう。
しかし、それを彼女は許容しない……それ以上に、彼女はあることを決心していた。
「あれならば、物理攻撃も通じるだろう。つまり、対人戦ができるわけだ」
「……えっ、お姉さん?」
「今まで助手君に任せっきりで、何もしてこない無能な探偵だったんだ。温存のし過ぎで冷めた体を、少し解すとしようじゃないか」
俺の前にスッと出ると、魔術デバイスを操作して“停滞穴”を発動。
その中に手を突っ込むと、杖を一本引っ張り出した。
「純粋な体術では無いが、ボクなりに戦う術になっているつもりだ……そう心配してくれるのであれば、これまでのボクの気持ちも理解してくれるだろうね」
「……『庇膜』です」
「やれやれ、そこまで過保護とは。とはいえ信用が無いのも仕方がない、君と同じように無傷で突破して信用を得ようじゃないか」
俺が使った魔術は、攻撃を一度だけ大幅に抑えることができるというもの。
どんなかすり傷でも一発にカウントされるので、無傷でなければ解除されるわけだ。
そんな俺に苦笑しつつ、彼女は杖を一度地面に打ち鳴らして前に進み出る。
当然、霊体……改め亡人たちも近づいてくる彼女に注意を向け始めた。
彼女はそれでも前に、変わることなく一定のリズムで進み出る。
自然とそれは亡人たちを警戒させ、やがて一体の亡人が痺れを切らして襲いかかった。
「──1」
小さく呟いた彼女、亡人が彼女を掴みかかろうとした瞬間、スッと横に避け、足元へ差し込むように杖を伸ばす。
突然足場がおかしくなったことで、転びそうになる亡人。
彼女はそんな亡人の腕を掴み、杖で足を操りその勢いのまま顔を地面にぶつけた。
余裕そうな表情を浮かべ、何事も無かったかのように移動を再開。
亡人たちは若干怯えるも、抗うために今度は二人を差し向ける。
「──2」
ほんの少しだけ身体強化の魔力が彼女を覆い、その身でできることを増やす。
亡人たちが迫る、彼女は先ほど同様に杖を地面に打ち付けると、回して先端を掴む。
そして逆に先となった柄の曲がった部分を亡人の首に引っ掛け、一体の進路を変える。
その先は当然、もう一体の亡人……共に頭に酷い痛みを受けて気絶した。
次は三体……かと思ったが、どうやらもう我慢できなかったようで。
十体ほどで一気に攻めて、終わりにしようとしてくる。
「──『魔壁』」
だが、彼女は冷静に魔術で防御を行う。
亡人たちの前に壁が現れ、進行を阻む。
ただし、壁は二枚あってその間には隙間が存在する……その間を一体だけが通った。
「──1」
再び先ほどの焼き回しのように、一体を捌いて地面に倒す。
これが彼女の戦闘スタイル、必要以上に戦わず最低限で済ませていく。
対人戦は一気に多くはできず、あくまでも一対一を繰り返して処理していくタイプだ。
だが、彼女は“過程演算”でただでさえ優れた脳を強化しているのでそれは容易い。
ある意味、彼女は一階層での俺以上に地味で玄人的な闘い方をしている。
しかし、彼女の読みが当たる限りいっさいの手傷を負うことなく戦闘には勝利可能だ。
事実、この後彼女は“庇膜”を解除されることなく俺の下に戻って来る。
残るはこの層の守護者のみ、俺たちは再び奥へと進むのだった。
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