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偽善者と迷い子たち 三十一月目

偽善者と霧の都市 その19

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 二階層は白亜の壁や床だった一階層と打って変わり、土くれの壁や床だった。
 何より着眼すべきは、そこには無数の檻が広がっていること……そこは独房なのだ。


「ここにはかつて、囚人たちが収められていた……君たちの世界ではどうかな?」

「僕の記憶がたしかなら……はい、そうだったと思います」


 あまり海外のことは調べていない俺、昔読書で得た知識を引っ張り出して思い出す。
 王族を収容していたこともあるらしいが、それはここなのか別の場所かは不明だ。


「どうやら悪霊の類いはここで生み出されていたのだろう。無垢な子供たちをも巻き込んで、己の復讐に加担させていたわけだ」

「それは……許せませんね」

「死人に倫理を語ることは、愚かだと言われるだろう。それでも、救いはあるとボクは思う。善良な生き方、それをすることもできずに死んでいった者たちもいる……ここで止めなければならない」


 俺たち生者の存在は、死人たちにとって恰好の餌。
 それゆえに即座に気づかれ、悪霊と化した霊魂が俺たちに襲い掛かって来る。


「ボクが──」

「いえ、先生は温存を。見ての通りかすり傷一つ負っていませんし、先ほど休んだことで充分に戦えます」

「それはボクもなんだが……いや、頼れる助手君にお任せしようか」

「はい、任されました」


 構えるのは“武装錬製クラフトアームズ”で生み出した剣。
 休憩中にデバイスから自己での発動に切り替えたので、新しく異なる魔術の行使をできるようにしてある。


「──『斬ノ理オリジンソード』」


 俺の持つ魔術の中でも一、二を争うレベルで消費魔力が尋常ではないこの魔術。
 理を冠したこの魔術は、ありとあらゆるモノを斬り得る可能性を秘めている。

 弱点も無効化も関係ない。
 ただ相手がどれだけ魔力を割いて防御するかどうか、防ぐための術はそれだけだ。

 霊体と向き合い、俺は力を溜め込む。
 身体強化に関するスキルをすべて起動、思考系スキルで身力の制御を済ませ、脱力スキルでそれらを一瞬押し込め──解き放つ。


「夢現流武具術剣之型──『刹那由他セツナユタ』」


 準備期間中に得ていた縮地スキルをさらに強化して、霊体たちの間を潜り抜ける。
 その際に何でも斬れる剣を動かし、無抵抗の霊体たちを斬り続けた。

 途中で縮地が切れたら、格闘術の武技スキルである“縮地シュクチ”を発動。
 それも切れたら歩行スキルで再現し、再使用可能になったスキルを使い、また武技で。

 そうして彼女を残したまま進み続け、辿り着いた最奥の間。
 何かが発生したと感じた場所に、空間ごと切り裂く刃を振るい──出現を阻止。

 結果、二階層に居たであろうすべての霊体たちが核を斬られて消滅。
 ゴゴゴッと音を上げ、三階層へと続く道ができたことを確認する。 


「ふぅ……これで、よか、った……」


 俺はそのことに安堵すると、そのまま前のめりに倒れ込む。
 もう少しスマートにやりたかったが、残念ながらこれが俺の限界だ。

 夢現流武具術、それは『偽善者メルス』のチートスペックに合わせた武技の盛り合わせ。
 結構な時間を掛け、それなりのスキルを得たものの……圧倒的に能力値が足りない。

 そんな状態で、強引に再現した武技。
 それは名前の通り、刹那の間に那由他の斬撃を放つという頭のおかしい技。

 もちろん、実際にはそこまで速い斬撃を行えたわけじゃない。
 ……まあ、フルスペックの状態ならできないわけでもないけど。

 だが相応に速い速度で、しかも未熟な体で限界を超えた動きをすればどうなるか。
 それがこの現状──筋線維はズタボロ、体の内外が損壊して大ダメージだ。


「──『癒療ユリョウ』、『無吸』、“息衝ソクショウ”、“超再生”」


 魔術、精霊術、武技、スキル。
 四つの手段を用いて、彼女がここに来る前までに最低限の回復を済ませておく。

 彼女もすぐに気づいてしまうだろうが、そうでもしないとここは突破できなかった。
 ごくまれに発生する直感スキルの閃き、それが運よく今回発動したのだ。


「入った時点で増殖、霧は減るけどその分だけボスが強化……しかもそれは本体にまで影響する、なんて告げられたら急ぐよね」


 上で休んだのは正解だった。
 もしここで時間を掛けていたら、間違いなく面倒なボス戦になっていただろう。

 有象無象を相手にしている間に、霧を取り込み強化するボス。
 そしてそれをどうにか倒しても、最終的に戦うボスがよりパワーアップしている。

 そんな展開を避けるためにも、超高速で倒す必要があった。
 時間を短縮し、今後の楽を得るために……俺はこうして代償を身で支払っているのだ。


「──まったく、君は愚かなことをする。君に任せたボクの立場がないよ」

「お姉さん……」

「魔石はボクが回収しておいた。あとはそのボスの魔石だけだよ」


 彼女は転がっていた大きめの魔石を拾い、“停滞穴アイテムケース”へと放り込む。
 そして小さく溜め息を吐くと、彼女自身の魔術で“癒療”を使ってくれる。


「無茶はしないでほしい。君がそうしないといけないと焦燥感に駆られたように、ボクもまたそうさせた君の下に急がねばと急かされたんだからね」

「……その割には、歩いていましたよね?」

「…………走り続けるよりも、歩いていた方が到着する時間が速いこともあるのさ」


 長時間の運動は、現在トレーニング中の彼女なのでそこは仕方がない。
 しかしまあ、ツッコまれて顔を背ける辺り自覚はあるようで何より。

 そんなほっこりに気づかれたようで、この後俺は長時間のお説教を受ける。
 ある意味、普通に戦っていた方が良かったもしれない……そう本気で思うのだった。


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