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偽善者と迷い子たち 三十一月目
偽善者と霧の都市 その18
しおりを挟む「──推測は正しかった。おそらく、ここは迷宮なんだろう」
広間を見た彼女がそう語ったのは、俺と同じ物を見ているからだろう。
浮き漂う霊体は、これまでのものと異なり禍々しくも無機質な存在感を放つ。
それは在り様自体が悪であろうと、そこでは自我を持たずに個体は生まれる。
それこそが迷宮、広間で待ち受けるその霊体はこの階層の守護者だった。
「でも、僕は迷宮に入って……」
「迷宮の中に迷宮があっても、なんらおかしくはないさ。この広い一層目にボクたちを住まわせ、こちらを隠すために必要な分のエネルギーを徴収していたのだろう」
「そっか……先生、僕はどうすれば?」
「あの霊体を倒せば、次の階層に行けるはずだ。先ほどのように、その武器でボクを守ってくれるかな?」
魔力で構築した刃は、今なお俺の手に握られている。
どれだけ脆くなろうと、魔術を再度使って再構築すればいいからな。
彼女の前に立ち、剣を構える。
霊体は侵入者である俺たちを排除すべく、その巨体をゆっくりと動かす。
「行きます──『脱力吸込』!」
相手の身力を奪う魔術。
迷宮の供給があるとはいえ、それが無尽蔵ではないことを魔眼で確認した。
そのためこの場で行使するのは、じわじわと勝つためのやり方。
得た分のエネルギーは俺に還元せず、握り締めている“武装錬製”の剣に注いでいく。
魔法や魔術に加工していない以上、浄化や成仏といったことはできない。
しかし純粋な魔力でごり押し、精気力で霊体への干渉をすればダメージは届く。
光属性や聖属性を使わないのは、そういったあからさまな弱点を突かないため。
ボスの弱点を突くのは、強化……もとい狂化に繋がると思ったからだ。
「攻撃パターンは……うん、とりあえずは大丈夫だよ」
弱点を突かないのが功を奏してか、ただその巨体で体当たりを行うのみ。
彼女もその程度ならば余裕なので、俺も攻撃を躱しながら剣で切り付けていく。
霊体の方はどれだけ切ってもまたくっついているが、それは想定済み。
ただし霊視スキルで視るエネルギーの総量が確実に減っているので、それで充分。
無尽蔵に供給される殺人鬼は、やはりイレギュラーなのだろう。
切っては休み、また切っては距離を取るという戦い方で──そのまま倒し切った。
「……先生、遅くなってしまい申し訳ございません」
「いいや、上出来さ。君の推測通り、尚早に駆られていては厄介な敵だっただろう。着実かつ堅実的に、戦うやり方は玄人好みな完全勝利だったよ」
「あ、あははは……ち、ちなみに先生がどうしても戦わないといけない場合は、どうされていましたか?」
「君と出会う前なら心中、今ならば君と同様に離れた場所から少しずつかな? ただ、分離した一瞬ならば、おそらく通じていたかもしれない。確証が持てなかったから、君には言わなかったがね」
悪戯が成功したような、子供みたく無邪気な笑みを浮かべる彼女。
……いろいろと言いたかったが、それらは舌を回すことができる消えていく。
大きく深呼吸をして、調子を整える。
心身共に癒えるのは、呼吸スキルの補正もあるだろう。
霧が少しずつ晴れていく。
完全に収まったわけではないが、やはりこの地が何らかの影響を始めに生みだしていたというのは間違いないだろう。
「先生、次に行きますか?」
「そうだね。そこまで階層は深くないだろうが、やはり難しくはあるはずだ。ここにボクら探偵と君たち祈念者が来ると、おそらくは想定されていないはず……それでも二人で来たんだ、気を引き締めて行こう」
「分かりました──では、休憩しましょう」
彼女が何かを言う前に、“停滞穴”を起動してちゃっかちゃかと準備を済ませる。
霧も完全には収まっていないし、休めるときに休んでおいた方がいいだろう。
「先生、準備ができました」
「……まったく。やれやれ、困った助手君を雇ってしまったものだ」
「首に……しますか?」
「いいや、こちらからそんなことをするはずがないさ。うん、君の淹れてくれた紅茶は最高だね」
眷属に仕込まれ、リッカには劣るモノのそれなりに給仕技術が上がっているからな。
お茶と共に出したスコーンも、優雅ながらにどんどん減っていく。
彼女は自分の好奇心に引っかかる行動は、常人より素早く行えるからな。
こんな状況だろうと、俺の用意した物に好奇心を抱いてくれているのだろう。
「……ごちそうさまでした。なんというか、これを言うの当たり前といった認識になっていたよ。つい先日、これを他所で言ったら稀有な目で見られてしまった」
「僕の故郷でも、言わない人は言わなくなりますね。ただまあ、僕は欠かさず言っていたので先生にも共有してもらいました」
「異国の風習というのも、なかなかに興味深かったよ。目に見えない神に祈りを捧げるよりは、糧とする食糧やそれを生み出した者たちに祈る方がより生産的だからね」
「そういう考えを持ったことはありませんけど、たしかにそういう感じですね……生まれたときから仕込まれていたので、特に疑問には思いませんでしたが」
そうして休憩を挟んだのち、俺たちはしばらく探して見つけた階段で下へ向かう。
再び濃くなった霧の中、階段を降り切った先で見つけたものとは──
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