1,972 / 2,519
偽善者と迷い子たち 三十一月目
偽善者と霧の都市 その18
しおりを挟む「──推測は正しかった。おそらく、ここは迷宮なんだろう」
広間を見た彼女がそう語ったのは、俺と同じ物を見ているからだろう。
浮き漂う霊体は、これまでのものと異なり禍々しくも無機質な存在感を放つ。
それは在り様自体が悪であろうと、そこでは自我を持たずに個体は生まれる。
それこそが迷宮、広間で待ち受けるその霊体はこの階層の守護者だった。
「でも、僕は迷宮に入って……」
「迷宮の中に迷宮があっても、なんらおかしくはないさ。この広い一層目にボクたちを住まわせ、こちらを隠すために必要な分のエネルギーを徴収していたのだろう」
「そっか……先生、僕はどうすれば?」
「あの霊体を倒せば、次の階層に行けるはずだ。先ほどのように、その武器でボクを守ってくれるかな?」
魔力で構築した刃は、今なお俺の手に握られている。
どれだけ脆くなろうと、魔術を再度使って再構築すればいいからな。
彼女の前に立ち、剣を構える。
霊体は侵入者である俺たちを排除すべく、その巨体をゆっくりと動かす。
「行きます──『脱力吸込』!」
相手の身力を奪う魔術。
迷宮の供給があるとはいえ、それが無尽蔵ではないことを魔眼で確認した。
そのためこの場で行使するのは、じわじわと勝つためのやり方。
得た分のエネルギーは俺に還元せず、握り締めている“武装錬製”の剣に注いでいく。
魔法や魔術に加工していない以上、浄化や成仏といったことはできない。
しかし純粋な魔力でごり押し、精気力で霊体への干渉をすればダメージは届く。
光属性や聖属性を使わないのは、そういったあからさまな弱点を突かないため。
ボスの弱点を突くのは、強化……もとい狂化に繋がると思ったからだ。
「攻撃パターンは……うん、とりあえずは大丈夫だよ」
弱点を突かないのが功を奏してか、ただその巨体で体当たりを行うのみ。
彼女もその程度ならば余裕なので、俺も攻撃を躱しながら剣で切り付けていく。
霊体の方はどれだけ切ってもまたくっついているが、それは想定済み。
ただし霊視スキルで視るエネルギーの総量が確実に減っているので、それで充分。
無尽蔵に供給される殺人鬼は、やはりイレギュラーなのだろう。
切っては休み、また切っては距離を取るという戦い方で──そのまま倒し切った。
「……先生、遅くなってしまい申し訳ございません」
「いいや、上出来さ。君の推測通り、尚早に駆られていては厄介な敵だっただろう。着実かつ堅実的に、戦うやり方は玄人好みな完全勝利だったよ」
「あ、あははは……ち、ちなみに先生がどうしても戦わないといけない場合は、どうされていましたか?」
「君と出会う前なら心中、今ならば君と同様に離れた場所から少しずつかな? ただ、分離した一瞬ならば、おそらく通じていたかもしれない。確証が持てなかったから、君には言わなかったがね」
悪戯が成功したような、子供みたく無邪気な笑みを浮かべる彼女。
……いろいろと言いたかったが、それらは舌を回すことができる消えていく。
大きく深呼吸をして、調子を整える。
心身共に癒えるのは、呼吸スキルの補正もあるだろう。
霧が少しずつ晴れていく。
完全に収まったわけではないが、やはりこの地が何らかの影響を始めに生みだしていたというのは間違いないだろう。
「先生、次に行きますか?」
「そうだね。そこまで階層は深くないだろうが、やはり難しくはあるはずだ。ここにボクら探偵と君たち祈念者が来ると、おそらくは想定されていないはず……それでも二人で来たんだ、気を引き締めて行こう」
「分かりました──では、休憩しましょう」
彼女が何かを言う前に、“停滞穴”を起動してちゃっかちゃかと準備を済ませる。
霧も完全には収まっていないし、休めるときに休んでおいた方がいいだろう。
「先生、準備ができました」
「……まったく。やれやれ、困った助手君を雇ってしまったものだ」
「首に……しますか?」
「いいや、こちらからそんなことをするはずがないさ。うん、君の淹れてくれた紅茶は最高だね」
眷属に仕込まれ、リッカには劣るモノのそれなりに給仕技術が上がっているからな。
お茶と共に出したスコーンも、優雅ながらにどんどん減っていく。
彼女は自分の好奇心に引っかかる行動は、常人より素早く行えるからな。
こんな状況だろうと、俺の用意した物に好奇心を抱いてくれているのだろう。
「……ごちそうさまでした。なんというか、これを言うの当たり前といった認識になっていたよ。つい先日、これを他所で言ったら稀有な目で見られてしまった」
「僕の故郷でも、言わない人は言わなくなりますね。ただまあ、僕は欠かさず言っていたので先生にも共有してもらいました」
「異国の風習というのも、なかなかに興味深かったよ。目に見えない神に祈りを捧げるよりは、糧とする食糧やそれを生み出した者たちに祈る方がより生産的だからね」
「そういう考えを持ったことはありませんけど、たしかにそういう感じですね……生まれたときから仕込まれていたので、特に疑問には思いませんでしたが」
そうして休憩を挟んだのち、俺たちはしばらく探して見つけた階段で下へ向かう。
再び濃くなった霧の中、階段を降り切った先で見つけたものとは──
0
お気に入りに追加
516
あなたにおすすめの小説
虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―
山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。
Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。
最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!?
ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。
はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切)
1話約1000文字です
01章――バトル無し・下準備回
02章――冒険の始まり・死に続ける
03章――『超越者』・騎士の国へ
04章――森の守護獣・イベント参加
05章――ダンジョン・未知との遭遇
06章──仙人の街・帝国の進撃
07章──強さを求めて・錬金の王
08章──魔族の侵略・魔王との邂逅
09章──匠天の証明・眠る機械龍
10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女
11章──アンヤク・封じられし人形
12章──獣人の都・蔓延る闘争
13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者
14章──天の集い・北の果て
15章──刀の王様・眠れる妖精
16章──腕輪祭り・悪鬼騒動
17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕
18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王
19章──剋服の試練・ギルド問題
20章──五州騒動・迷宮イベント
21章──VS戦乙女・就職活動
22章──休日開放・家族冒険
23章──千■万■・■■の主(予定)
タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。
おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
パーティ追放が進化の条件?! チートジョブ『道化師』からの成り上がり。
荒井竜馬
ファンタジー
『第16回ファンタジー小説大賞』奨励賞受賞作品
あらすじ
勢いが凄いと話題のS級パーティ『黒龍の牙』。そのパーティに所属していた『道化師見習い』のアイクは突然パーティを追放されてしまう。
しかし、『道化師見習い』の進化条件がパーティから独立をすることだったアイクは、『道化師見習い』から『道化師』に進化する。
道化師としてのジョブを手に入れたアイクは、高いステータスと新たなスキルも手に入れた。
そして、見習いから独立したアイクの元には助手という女の子が現れたり、使い魔と契約をしたりして多くのクエストをこなしていくことに。
追放されて良かった。思わずそう思ってしまうような世界がアイクを待っていた。
成り上がりとざまぁ、後は異世界で少しゆっくりと。そんなファンタジー小説。
ヒロインは6話から登場します。
World of Fantasia
神代 コウ
ファンタジー
ゲームでファンタジーをするのではなく、人がファンタジーできる世界、それがWorld of Fantasia(ワールド オブ ファンタジア)通称WoF。
世界のアクティブユーザー数が3000万人を超える人気VR MMO RPG。
圧倒的な自由度と多彩なクラス、そして成長し続けるNPC達のAI技術。
そこにはまるでファンタジーの世界で、新たな人生を送っているかのような感覚にすらなる魅力がある。
現実の世界で迷い・躓き・無駄な時間を過ごしてきた慎(しん)はゲーム中、あるバグに遭遇し気絶してしまう。彼はゲームの世界と現実の世界を行き来できるようになっていた。
2つの世界を行き来できる人物を狙う者。現実の世界に現れるゲームのモンスター。
世界的人気作WoFに起きている問題を探る、ユーザー達のファンタジア、ここに開演。
家族に辺境追放された貴族少年、実は天職が《チート魔道具師》で内政無双をしていたら、有能な家臣領民が続々と移住してきて本家を超える国力に急成長
ハーーナ殿下
ファンタジー
貴族五男ライルは魔道具作りが好きな少年だったが、無理解な義理の家族に「攻撃魔法もろくに使えない無能者め!」と辺境に追放されてしまう。ライルは自分の力不足を嘆きつつ、魔物だらけの辺境の開拓に一人で着手する。
しかし家族の誰も知らなかった。実はライルが世界で一人だけの《チート魔道具師》の才能を持ち、規格外な魔道具で今まで領地を密かに繁栄させていたことを。彼の有能さを知る家臣領民は、ライルの領地に移住開始。人の良いライルは「やれやれ、仕方がないですね」と言いながらも内政無双で受け入れ、口コミで領民はどんどん増えて栄えていく。
これは魔道具作りが好きな少年が、亡国の王女やエルフ族長の娘、親を失った子どもたち、多くの困っている人を受け入れ助け、規格外の魔道具で大活躍。一方で追放した無能な本家は衰退していく物語である。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる