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偽善者と迷い子たち 三十一月目
偽善者と霧の都市 その16
しおりを挟むそして夜、すでに二週間だ。
本来の制限が失われ、この世界の人々も殺人鬼に対応していた。
俺と彼女は殺人鬼の対策本部として開かれた、探偵ギルドにやって来ている。
そこで彼女は──代表者として、この場に居る者たちに指示を行っていた。
殺人鬼が現れる場所を特定し、そこに探偵や魔法師たちを派遣。
誰もがその指示に納得し、すぐさま現場へ急行していく。
「──ボクたちはここだ。他の場所は、別の探偵たちが向かっている。術式が失われ、本体が出てくるはずだ。なんとしても、ここで終わりにしなければ」
「……思えばいろいろありましたね。先生は正式な探偵になりましたし、僕の手伝いなんて全然必要無くなりましたし」
俺から知識を得て、それらを体得した彼女がしたこと……それは探偵の資格試験。
武術と魔術を使い、属性魔法を物ともせずに試験を合格。
その勢いのまま、この事件の代表者として他の探偵たちを纏めた。
魔法師ギルドや衛兵たちも丸め込み、事件解決の仕込みを済ませている。
「霧の原因だった魔法師の術式を暴き、その場所の特定。未熟児を母性で癒し、死者たちの無念を慰め、そして迷宮核がどこにあるかまで見つけ出すなんて……しかもこれをたった一日でやり遂げるとはさすがです!」
「さすがにボクでも、それは無理だよ。今回はそれまでに考察していたことが、足りていなかったピースに嵌っただけさ」
「それにしたって、僕が先生の代わりに戦うことも無くなって……僕がやっているのは、もう先生の身の回りのお世話だけですね」
「……これだけは、魔術があってもどうにも解決できない問題だからね。依頼が終わった後、ボクはどうすればいいのかが、今後の重要な課題だね」
俺の持つ魔術の中で、自分に合わせた魔術だけを使えるようになった彼女。
デバイスを使わずとも、特定の魔術であれば使えるのは才能あってのことだ。
そんな彼女でも、やはり無理なことは無理なようで……魔術でも補助は不可能である。
特に何かに没頭していると、飲まず食わずで活動するから大変だよ。
「──そう、これで最後だ。依頼を終え、君がここに居る必要性は失われる。従来の世界と違ったここが、どうなるのかはボクにも分からない……そうである以上、その覚悟だけは決めておくよ」
「先生……」
「さぁ、未来の話よりも今のこと。事件が終わらない限り、この都市の霧は晴れない……術式は破壊したが、それでも溜まった魔力がいずれ暴発する。なんとしても、それは防がねばならない」
「そう、ですね……僕も頑張ります! だから先生、僕にも指示をお願いします!」
ジャック・ザ・リッパーの正体は、運営が定めたものですら無くなっている。
意図したはずのものが、意図しない結果を生みだしていた。
そうである以上、俺は彼女に──この世界でもっとも優れた探偵に依頼する。
何をすることが、この世界に……哀れな亡霊にとっての救済となるかを教えてもらう。
◆ □ ◆ □ ◆
各地に配置された探偵たちは、それぞれの手段で殺人鬼たちを対処する。
すでに散らばった個体はすべて殺人個体なので、容赦なく排除することが可能だ。
彼らが仕事をすればするほど、本体に力が注がれていく。
無念を抱いた霊たちが剥離していき、本来のジャック・ザ・リッパーとなっていった。
「ここに……本体が居るんですか?」
「推理が正しければね。ここは女王の宮殿であり要塞、そして収容所でもあった場所だ。すでに使われておらず、誰も目を向けていなかった……不自然なほどにね」
「阻害の霧!」
「そう、発生していた霧に含まれていた認識阻害。それがここにも濃密に発生していたからこそ、誰も気づけないでいた……しかし、分かったうえで一つずつ虱潰しに調べれば、その不自然に欠けた部分から分かるのさ」
消去法の要領だろうか?
足りない頭で考えてみるが、どうしてそうなるのかはさっぱりだ……しかし、現場に来てしまえば納得だった。
漂う霧に触れてしまえば、一瞬で自分がどうしてここに来たのか分からなくなる。
気づいた時点で“防護覆服”を展開したのだが、それでも最初は記憶が混濁していた。
俺よりも早く纏っていたお陰で、いっさいそういったことの無かった彼女が居なければ帰っていたかもしれない。
「もう平気だろう? おそらくここには、魔物なども出てくるはずだ。ボクは対人戦しかまだ磨いていない、そこは君に任せたい」
「……大丈夫です。魔術はもう一つ使えますから、そこまで強い相手でなければ」
対霧の耐性スキルが成長し終わるまで、使える魔術は一つになる。
時間を掛ければ自力でもう一つ使えるが、戦闘中に行うのはほぼ不可能だ。
そうなると、それ以外の方法で戦う必要がある……魔術だけでなく、武術や魔法で戦う必要もありそうだな。
「それじゃあ、さっそく行こうかノゾム君。ボクたちの最後の事件だ」
「はい!」
そうして俺たちは濃密な霧を潜り抜け、その施設に足を踏み入れる。
そこで待ち受けているであろう殺人鬼を、そしてこの街に起きる怪奇を止めるために。
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