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偽善者と迷い子たち 三十一月目

偽善者と霧の都市 その14

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 本来のシナリオは、八日目の始まりに聞いた通り失われているのだろう。
 その結果が、殺人鬼の大量発生……無数のジャック・ザ・リッパーの出現だ。

 彼女の説を基に考察するのであれば、その個体ごとに抱いている意思が違っている。
 ある個体は母体を、ある個体は残虐を、ある個体は魔力を求めて夜を徘徊していた。


「──それでも一度として、ボクたちはまだ迷宮核ダンジョンコアと繋がった個体と接触していない。仮にその個体が本体だとして、何の目的で動いていないのか分からないからね」

「えっと、たしか殺人そのものが三人に、魔力を求めるのが一人、母体を求める子が一人でしたね」

「その他多くの現場で発見される個体も、特に多いのが殺人衝動に駆られた個体だ。これはおそらく、瘴気の影響を色濃く受けているのだろう。個人の願いすらも無に帰し、台無しにしてしまっているね」


 瘴気は精神、そして星辰に悪影響を及ぼすエネルギーだ。
 それゆえにそれを扱うことは危険視され、確立した術は禁忌とされている。

 そんな瘴気によって、霊体たちが抱いた想いが少しずつ歪んでいった。
 殺人鬼としてのモノと化したその想いが、分裂して暴れる事態を生み出している。


「ノゾム君の話だと、君たちはこの事件を僅か七日で解決していたんだよね? どのような手段で、解を導き出したのか……とても興味深いよ」

「僕がここに居座った時点で、その方法をなぞることはできませんけどね。でも、たしかにそれもそうでしたか」


 それを知る方法は残念ながらない。
 クエスト内容を調べようとすると、バグだらけの状態になっているのだ……これも、新たな道を生み出した影響なのだろう。


「……たしか君は、特殊条件という要項が記載されていたと言っていたね? その中に、覚醒という内容もあったと」

「そうです。それに、解放や停止、真実という内容もありました……どれも未達成でしたので、よく分かりませんでしたけど」

「……思うに、覚醒とは探偵の力の解放なんだろう。前に話した時を操る探偵が見通すことができなくなったのも、条件を満たせず覚醒できていないからだろう。力に頼った探偵たちは、だからこそ未だに止められない」

「この世界だと、それが普通な気もしますけどね。むしろお姉さん……先生が僕たちの世界に近い手法で推理している方が、珍しいことだと分かりましたし」


 属性魔法の使えない彼女は、この世界で一番地味な探偵(仮)だと言われている。
 そのお陰で魔術デバイスが上手く使えているのは、皮肉というかなんというか。


「未達成であった以上、ボクも覚醒はできていない……それは必要な条件を満たしていないから。それとも、そもそもボクが探偵として認識されていないからだろうか……」

「いえ、探偵雇用という要項は満たしていましたから、それはありません」

「となると、ボク自身の問題だね……覚醒、つまり探偵としての本質が無いんだ。だから君とどれだけ居ようと、その要項が満たされることが無かったんだ」

「なら、見つければいいんですよ! 先生の理想が、探究心が目指す探偵がどういったものなのかを!」


 何を以って覚醒なのかは不明だが、要は才能を十全に発揮できればいいわけだ。
 そしてそれを、彼女に示すことができれば覚醒となる。


「……そうは言ってもね。ボクだけの取り柄と言われても、正直サッパリだよ」

「人を観察して考えることは得意だと自負していたけども……自分のことになると、答えが急に見つからなくなるものだね」

「そんな、じゃあどうすれば……」


 案外あっさりと答えを見つけてくれるものだと思っていたら、思った以上にこの問題は難しいようだ。

 俺は偽善を目指して一直線だったから、そういう悩みとは無縁だったからな……。
 正確には、悩む前にこの世界でいろいろとやり始めたから。

 そう在れる場所、つまり自分を主張できることができたからこそ。
 望んでいた偽善ができていたので、俺は今もこうしていられる。

 彼女は悩みに悩み、やがてこちらの方を見てきた。
 普段の興味津々な目とは違う、どこか縋るような眼差し。


「……君は、どう思う? ここ数日、ボクと居た君だからこそ、そういったものが分かるかもしれない」


 そう尋ねられた時、こう思った。
 ここで自分の意思を告げれば、その言が真実になってしまうのではと。

 頭のいい彼女のことだ、どのような意見であれそれを前向きに考えてくれるだろう。
 だからこそ、それは俺が求める理想の探偵である彼女になってしまうのではと。


「……僕には、分かりません。先生……お姉さんと共に居た時間は、まだほんの少しだけですし、互いに話していないことだってまだまだたくさんあります」

「そう、だね。すべてが揃っていないというのに、足りない物だけで求めさせるのは酷だというものか。分かった、これはボクの問題だ。ゆっくりと──」

「でも、これだけは分かります。先生は、誰よりも凄い探偵だって。僕の意味不明な話を受け入れて、親身に考えてくれました。それだけで、依頼人のことを理解してくれようとしているって分かりましたから」


 人柄がイイというのも、彼女の取り柄だ。
 俺はそれを歪ませることなく、彼女が求める探偵を目指してもらいたい。


「僕の世界には、こんな考え方があります。真実とは、不要な物を取り除いていった先にあるものだと。たとえどれだけおかしく思えても、紛れもなくそれこそが真実だって」

「……アブダクション」

「似た感じのものです。でも僕はこうも思います。不要だと取り除く時、少しでも戸惑うことがあるなら、一度考えてみてほしい。事実でなくともそれは、その人にとっては真実だったんだって」

「…………」


 俺の言葉がどう通じたかは分からない。
 しかし、彼女は真剣に考えてくれている。
 だからこそ、何も言わなくなるほどに熟考していた。

 そんな彼女の手を引き、俺は彼女の家へと帰宅する。
 途中、握り締めた手の感触が強くなったと感じたのは……おそらく気のせいだろう。


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