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偽善者と迷い子たち 三十一月目
偽善者と霧の都市 その13
しおりを挟むその日の夜も殺人鬼は動く。
初期の頃とも、その一週間後とも違う。
途中から衛兵が動くなどはしていたが、殺人鬼と止められるほどではなかった。
しかし事件が起きてから一週間が経ち、犯人が捕らえられなければ重い腰も上がる。
魔法師ギルド、聖騎士、そして探偵……彼らも動き出す。
「お姉さん、急ぎましょう!」
「……つーん」
「……先生、急ぎましょう」
「何をしているんだいノゾム君、早く行かないと時間が一瞬の内に終わってしまうよ」
彼女に案内されるがまま、事件が起きるとされる場所へ向かう。
そして、そこでは殺人鬼が女性に刃を向けており……そこに俺が介入する。
「──本体じゃありません!」
「そうか。だが、止めねばなるまい。ボクの助手君、頼んだよ」
「はい、お任せください」
彼女の戦闘能力は一部を除いて低い。
前に語っていたように、属性魔法の才能がからっきしだからだ。
そのため、俺は彼女にあることをやってもらうことを頼んでいる。
「──『過程演算』、『構造解析』」
起動する魔術、だがそれは俺の装置によるものではない。
俺が用意した二台目の装置、それを彼女に貸し与えていたのだ。
彼女が使ったのは、その名の通り演算と解析の魔術。
元より優れている彼女の能力を、より秀でたモノにしてくれる。
「──“部分共有”、“念話”」
それに続けて俺が発動させた魔法は、感覚や身力を共有できるモノと念話の回線を構築するモノ。
二つの魔法を組み合わせることで、俺は彼女から視覚とアドバイスによるサポートを受けることができる。
《通じたみたいだね。それでは助手君、ボクの指示通りに動いてほしい》
《はい、了解です》
《君の推察通り。今回接触したジャック・ザ・リッパーは偽物、核となる部分を持たない個体のようだ。しかし、だからと言って何も分からないわけじゃない。まずは捕縛し、情報を得なければ──右に回避だ》
言われるがままに横へ移動すると、握り締めたナイフを振り上げ──地面に亀裂が出るほどの斬撃を生み出していた。
日を追うごとに強化されていた殺人鬼も、すでに武人級の強さを得ている。
残念ながら、真っ向からの戦いでは俺はもう殺人鬼には敵わないだろう。
《次──上、右、右、下、左……と見せかけてもう一度上だね。魔法の発動もしようとしているみたいだから、そっちも妨害だ》
それを補い、殺人鬼以上の力をもたらしてくれるのが彼女だ。
擬似的に覗いた未来を語り、俺の勝利が少しでも確定するように動いてくれる。
指示通りに動くと、本当に殺人鬼もその通りに動くので少し楽しい。
発動していた魔法は“消魔”でその直前に妨害をし、構築を防ぐ。
《大きいのが来るよ、距離を取って》
「──“距点無至”」
短距離転移の魔法を発動した瞬間、俺が居た場所に霧の槍が生みだされていた。
妨害なんて何のその、強引に魔法を発動して攻撃をしてきたようだ。
ならば、と彼女のサポートに身を委ねて俺は真っすぐ駆け抜ける。
持っているスキルを複数展開、身体能力を高めたうえで攻撃を回避して懐に潜り込む。
「──“浸透勁”」
ペタッと体に触れた手から、精気を流し込み押し出す。
体内に直接揺さぶりを掛けるこれは、射程が短い分防御を無視できる。
霊視ができるようになってから、どうにか干渉までできるようにしてあった。
お陰で当てが外れた殺人鬼も、霊化することなく気絶させることに成功する。
「お姉さん……じゃない先生、完了です」
「あまり無茶はしないでほしいのだがね……ともあれ、君が無事で何よりだ。よくぞ無傷でやり遂げたね」
「そうでもしないと、前みたいに怒られてしまいますので。それよりも先生、早めにお願いしますね」
「ああ、分かっているとも」
気絶させた殺人鬼だが、いずれ完全にこの場から消えるだろう。
この街にはすでに、複数の殺人鬼が誕生している──そのすべてが同じ存在。
ジャック・ザ・リッパーは複数犯、そう思われてもおかしくはない状態だ。
しかし、それらは同じ存在であり、同じではない存在でもあった。
その説を証明すべく、彼女は『探偵』の能力を使って気絶した殺人鬼を深く調べる。
抵抗されない分、ゆっくりと調査は進んでいき……やがて彼女が一息吐いた。
「やはり核は持っていない。そして、目的は快楽的な殺人だったようだ」
「どうしますか?」
「どうしたもこうしたもない、聖堂へ連れていき任せよう。推理を終えた後のことは、彼らにさせるべきだ」
「分かりました──“純拘束”」
純粋な魔力の塊で殺人鬼を拘束、これで逃げ出すことはできない。
あとはそのまま浄化をしてもらえば、それで済む。
このジャック・ザ・リッパー事件には、現在多くの人が駆り出されている。
それは単純に難事件であるということの他にも、もう一つ理由があった。
「では、次に向かおう。誰よりも早く、ボクたちが本体に辿り着かなければ」
「もう五人目でしたからね……いったいどこにいるんでしょうか?」
「それを当てるのがボクたち探偵さ。君にも協力してもらうよ、助手君」
存在を分け、同時に暴れるようになった殺人鬼たち。
それを止めるべく、俺たちは総動員で動いているのだった。
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