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偽善者と迷い子たち 三十一月目
偽善者と霧の都市 その12
しおりを挟むそれからの俺は助手ということで、彼女を支えながら事件を追い求めることに……とはいうものの、実際の所やっていることは大して変わりなかった。
「お姉さん、起きてください」
「……ちがぁう」
昨日も事件に関する資料を読み耽り、だいぶ夜更かしをしていたのだろう。
眠っていた彼女に声を掛けるが……このやり取りは何度目だろうか。
「ハァ……先生、時間ですよ」
「──やあ、助手君。いい朝だね、今日の朝食は何かな?」
「昨日は洋食でしたので、本日は和食です。白米に味噌汁、あとは焼き鮭……レッドサーモンに火を通した物です」
「それはそれは。先日頂いた味噌汁はとても良かったからね。レッドサーモンの調理法もとても気になるよ」
俺は自重の枷を一段階ほど外していた。
中級に進化した料理スキルの補正も受け、彼女のためになる料理を作っている。
同じく、どうにか習得した付与魔法を駆使して彼女の支援をするのだ。
料理と魔法、二種類のバフは今日も彼女の身を守っている。
「「いただきます」」
これは毎日言っていたので、彼女もいつの間にか言ってくれるようになっていた。
俺は箸で、彼女はスプーンを使って朝食を食べていく。
「うん、今日も美味しい料理をありがとう」
「お粗末様です。ところでお姉さん……先生は今日、何をされるのですか?」
「そうだね、一度魔法師ギルドに話を聞いておきたいな。例の霧に関することも、どうやら進展があったようだし」
「本当ですか?」
彼女が差し出した新聞を読むと、たしかに霧はもう間もなく終わると書かれていた。
一週間で祈念者が排除されるのは、自浄作用のように彼らが止めるからなのかもな。
「先生、ここに書かれている原因は不明のままというのは本当なんでしょうか?」
「十中八九、魔法師の誰かが発生させたものだったのだろう。彼らはプライドが高い、霧そのものは隠蔽できなかったが、こちらだけでもとなんとかしたのだろう」
「それを、先生は確認されるのですか?」
「そうだよ。助手君はどうする? 魔法師ギルドにはボクだけで行くつもりだったが、君さえよければいっしょに行くかい?」
せっかくの誘いだったが、ここは首を横に振らせてもらう。
不思議そうな顔をする彼女に、その理由を説明する。
「先生の言う通り、原因は魔法師ギルドにあるかもしれません。ですが、それがすべてでは無いように思えます。なので、それを僕なりに探してみようと思っています」
「助手として、君が何を見つけてくるのか楽しみにしているよ」
「はい、期待していてくださいね」
「「ごちそうさまでした」」
そうして、今日も事件解決のために俺たちは動く。
彼女は魔法師ギルドへ、俺は──
◆ □ ◆ □ ◆
昼の街であろうと、光の届かない場所というのは多々ある。
なんて話を前にもしたと思うが、今回もまたそういう場所に来ていた。
周囲には衰弱しきった人々が、壁に張り付いたり床に寝そべったりしている。
目は爛々としていたり死んでいたりするのだが、俺に向けられるのはすべて敵意だ。
何をしに来たよそ者、という思いが刃とかして視線に乗っている。
それでも俺がここに来た理由、それは彼女の役に立つためだ。
「残留思念、それも僕がここに来る前の……そこにヒントがありそうだ」
彼女曰く、ジャック・ザ・リッパーは負の瘴気の塊である。
そして、母性を求める未熟児たちの意思も存在する可能性があるとのこと。
ならばそれを、調査してみてもいいのではないだろうか。
あくまでも可能性でしかないので、俺一人でここに来ていた。
だが、今の俺は死霊系の魔法はいっさい持ち合わせていない。
探偵の中にはそういったことを得意とする者もいるらしいし、それが正当なのだろう。
それでも、自分に出来得る限りのことをしてみようと決めたからには、この縛り状態でやれることをやってみることに。
「魔眼スキルに、無魔法“星辰強化”を組み合わせてみよう。あと、感覚強化と拡視、それに集中と警戒スキルもセットで──来い」
目を凝らし、ジッと周囲を探ってみる。
霊体を捉える感覚そのものは、魂魄眼で何度も経験している……それを思い出して、辺りを見渡す。
霊感はこの世界において、星辰の感知能力が高いことを意味する。
星辰──すなわち魂魄の力、それを強化した今の俺ならば……。
「……うん、視えた」
完全ではないものの、これまで捉えられないでいたナニカが漂う様子が視られた。
いちおうスキルを確認すると、霊視や霊感が習得できている。
つまり、俺が見ているものはそういったものということで間違いないらしい。
問題は、ここからいったい何をすればいいのかである。
とりあえず場所を変え、屋上へ。
霧で周囲が視認しづらいこの状況下でも、霊視であれば視えてしまう──街を覆うように溢れた膨大な数の霊体を。
「やっぱり、それも込みで何かやったんだ。ネロもやっていたけど、おそらく瘴気を魔力に変換して行う大規模魔法。そのための下準備として、霧を利用していたんだ」
彼女に見せてもらった新聞に、霧の原因はとある魔法師の術式だと書かれていた。
元から産業革命で生み出されていた霧に、魔力の毒を混ぜるというもの。
その目的は魔力の徴収……だけだと思ったら、俺の予想通り霊体も使う予定だった。
そして、それは行われることなく魔法師の死によって中止される。
だが、中止されたからと言って今までのことがすべて無しになるわけではない。
霧が収まろうと、霧によって亡くなった者たちは帰ってこないのだから。
ジャック・ザ・リッパーは止まらない。
死んだ人々の遺志を継ぎ、ただひたすらに刃を振るい続ける。
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