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偽善者と迷い子たち 三十一月目

偽善者と霧の都市 その11

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「ふふっ、ふふふふっ……興味深い、とても興味深い案件だ。この世界は仮想のもので、より高度な世界からの干渉によって生み出された代物。そして、何より同じ時間を繰り返していると……ははっ、想定以上だよ!」


 俺の説明を聞き終え、熟考した彼女はとても嬉しそうに叫んだ。
 元より声を遮断していなかったら、近所迷惑で訴えられていたかもしれないな。


「想定って……なら、お姉さんは僕がどんなことを言うと思っていたんですか?」

「そうだね。君が過去か未来の住人で、善意でこの街を救いに来た……とそう考えていたよ。事実、君からすればこの世界は過去に起きた出来事に、新たな要素が加わった世界。遠からず、推理は当たっていたわけだ」


 俺の言動や行動、殺人鬼との立ち振る舞いからそう考えていたんだとか。
 まあ結果として、軸的には過去でも未来でもなく平行世界から来たんだけども。


「ふむ……ノゾム君の話で、今後の対策もいくつか浮かんだ。ただそうだね、君の世界では未知だったジャック・ザ・リッパーの正体に、魔力を帯びた霧。そういった部分をどう考えるか、それを担うのが探偵役だね」

「僕の世界には魔力がありませんから、この知識が参考にならない可能性もあります。それでも、お姉さんが必要としてくれる限りは協力させてもらいます」

「そうだね。さっき言った罰も、ちょうど今決まったよ──ノゾム君、これから君にはボクの助手を務めてもらおう」

「助手……ですか?」


 頭の中はなぜ、どうしてで溢れた。
 依頼人のままではダメなのか、そういう思考は彼女にはお見通しなようで……あっさりと教えてくれる。


「探偵に助手は付き物だ」

「…………えっ、それだけですか? もっとこう、何か深い理由とかは」

「……そもそもね、ノゾム君。君の世界では探偵というのは、どういう存在なんだい?」

「えっと、いろんな難事件を解き明かすのが理想で、現実は主に調査や何かを探すことが仕事な人で……」


 今なお残る探偵という職業だが、彼女たちのような探偵はごく稀だろう。
 少なくとも凡人たる俺が知ることができる超人的な探偵は、創作物上のものだけ。

 そりゃあ人がやっているんだから、その身の丈に合った職業だろう。
 高校生が子供にもならないし、孫だから名推理ができるわけじゃないのだ。


「そう、理想なんだ。それはボクたちの世界でも同じこと、探偵……いや、『探偵ディテクティブ』という職業ジョブの理想をボクたちは求めている」

「職業の、理想……」

「理想の探偵とはこうあるべき、それを就いた時点で知ることができる。そして、ボクにとって探偵には助手が付き物なのさ!」

「な、なるほど……」


 目がとてもキラキラ輝いていた。
 ここ一週間、健康的な生活をしているので出会った頃のクマなどは消えている。

 改めて見た彼女の相貌は、無邪気にはしゃぐ少女そのものだった。
 黒に近い栗色の髪を払い、その緑色の目でジッとこちらを見てくる。


「まだ正式な探偵ではないボクが言うのもおかしな話だろう。けど、それでも助手が必要だと思うんだ。だからノゾム君、この依頼が終わるまでやってみてくれないかい?」

「あっ、はい。大丈夫ですよ。お姉さんの頼みですし、これまで充分にお世話になってますから。僕にその助手が務めるのであれば、精いっぱい頑張らせていただきます!」

「……あ、ありがとう、なのかなこういった場合は。なんというか、もう少し粘り強い交渉が必要になると思っていたよ」


 拍子抜けしたような表情を浮かべる彼女。
 まあ、俺も俺でこういうことは考えていたからな……主に偽善者として。


「お姉さんでも分からないことがあったんですね。僕だって、ただの知識以外にもいろんなことを手伝いたいと思っていたんです。その機会があるなら、即答したっておかしくありませんよ」

「むっ、言ってくれるじゃないかい。ならば改めて言うよ。ノゾム君、このボク──シェリン・フォードの助手をしてくれるかな?」

「この身に代えましても。貴女の進む道に、介させていただきます」


 差し出された手をそっと触れ、その手の甲に唇を付ける。
 これもまた、一週間の内に学んだこと……助手としての忠誠の証だ。

 特に特別な効果があるわけじゃない、守護対象と騎士の儀式、その延長線にある行い。
 それはこの世界において探偵が、それほどに助手を大切にしているという意味を持つ。

 だからこそ助手もまた、その期待に応えるべく儀式めいた忠誠を誓う。
 好奇心旺盛な彼女が、その知識欲を満たせるように最大限助力していく所存だ。


「──ふっ、いい助手を得たものだね」

「一時期の、お試し助手ですけどね」

「それで充分さ。君がこの先、この事件を終えた後のことは分からない。それでも、この一時は紛れもない君とボクによる初めての事件解決になる。たとえお別れになろうと、ボクはこれを忘れることは無いだろう」

「なら、僕もお姉さんに覚えてもらえるように頑張りますね」


 互いに思いを伝えあい、その関係はより深いものとなる。
 事件に進展など無い、しかし今の俺たちならば……そんな自信が溢れていた。


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