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偽善者と迷い子たち 三十一月目
偽善者と霧の都市 その08
しおりを挟む霧はすべてを呑み込み、その夢現を曖昧なモノと化す。
今宵、悪夢は現実となりて人々を苦しめるだろう。
深い霧の中、少女は彷徨っていた。
通り慣れていたはずの道が、迷路のように思えていたからだ。
右も左も、前も後ろも、決めていた道も過去に通った道も記憶から消えていく。
掴みどころのない霧のように、記憶から目的の場所が忘れられていた。
『っ……!?』
迷い子と化した少女は、ふと自分が見られている錯覚に襲われる。
前後左右、ありとあらゆる角度から自分を嬲るようなその視線が恐ろしく感じられた。
そしてそれを、だんだんと近くから見られているように感じる。
その恐怖は体を振るわせ、夜だというのに嫌な冷や汗で全身を濡らすことに。
意を決して走りだそうにも、竦んだ体は言うことを聞いてくれない。
やがて、その視線が自分のすぐ近くまで来たそのとき──
□ ◆ □ ◆ □
「そこまでだ、『霧の殺人鬼』! 大人しくしろ──『追尾魔弾』」
『っ!?』
俺の放った魔弾は、霧のどこかに隠れていたであろう殺人鬼の下へ飛んでいく。
狙った場所へ確実に届く魔弾を二発、それぞれ異なる対象へ向けて放った。
一発は通常通りの魔力の弾丸として、真っすぐ少女の隣を通過する。
だがもう一発は魔弾としての性能を発揮、殺人鬼の動揺が霧の濃度が変わって分かる。
「お姉さんはその人を、僕は犯人をなんとかします!」
「……依頼人の言葉は守るよ。ただ、絶対に無茶はしないように」
「分かっています──『遊歩ノ靴』!」
現在、起動している魔術は二つ。
魔弾と切り替えて発動した、自由自在に移動することができる魔術“遊歩ノ靴”。
空を駆けた俺は、殺人鬼に向かったであろう魔弾を追いかけていく。
屋根の上に居る怪しい何者かの下へ、相対するように着地する。
そして、耐性スキルを一定以上のレベルまで上げたことで、『防護覆服』を使う必要が無くなり空いたもう一枠。
「──『武装錬製』!」
魔力で武器を生み出す魔術“武装錬製”。
システム的な魔法で構築する武器よりも、純属性の魔力で生成する分土属性には硬度で劣るモノの、魔力伝導率の高い武器になる。
「──“土槍”!」
生みだした剣を地面に投げて刺す。
そして、そのまま遠隔で魔法を発動──魔力伝導率が高い剣なので、その性能を増幅させて出力してくれた。
縛り中の脆弱な俺が生みだせる槍は、せいぜい二、三本。
これはレベルが低いという理由に加えて、体内の調整が上手くできないから。
ともあれ、そんな難点を補うべく今回は武器を用いている。
外部で俺の魔力を増幅させ、一度に出力できる量を増やしているのだ。
結果、地面から飛び出してきた槍は十本。
それらは俺の意思に従い、視認している殺人鬼を襲う。
『…………』
殺人鬼は、いつの間にかその両手に握り締めていたナイフを振るった。
的確に、魔法の核となる部分を切りつけて破壊する動きを俺は観察していく。
「なら、次は──“身体強化”!」
剣を持った俺は、無魔法で強化した身体能力で殺人鬼に駆け寄り剣を振るう。
ティル師匠仕込みの剣技は、たとえ脆弱かつ相手の手数が多くても多少は戦える。
「うりゃぁああああ!」
『…………』
だが、今の俺が単独で殺人鬼を止められるとは思っていない。
ここを訪れる前……谷底へ来る前から、俺はある考察を眷属にしてもらっていた。
その結果、正規の方法以外で殺人鬼を止めるのはほぼ不可能という結果が出ている。
もちろん、縛り解除でぶっ壊すつもりでいけば、できなくもないのだが。
その理由の一つとして、殺人鬼に供給される無限の力が証明されている。
この殺人鬼、魔力の底が無いのだ……そしてそれは、迷宮から供給物だ。
魔本は本来、誰かが読むことでその中に記載された内容を起動する。
だがこの物語は、誰も開いていないのにも関わらず、起動して他者を取り込んでいた。
その理由こそ、迷宮との同化。
霧が発生した場所が擬似的な迷宮と化し、外部から侵入者を取り込んでは物語を強制的に体験させていた。
つまり、殺人鬼は迷宮が存在する限りそのエネルギーを供給される。
だが、迷宮は殺人鬼の物語が終わらない限り、その姿を現すことはない。
そしてこの物語において、殺人鬼を終わらせる方法はただ一つ──正体を暴くこと。
それをできない残念な俺では、決して踏破することができないわけだな。
「だからこそ! リュキア流獣剣術“開牙”──“斬爪”!」
『っ……!』
横薙ぎの一振りを躱す殺人鬼。
完全に回避されたソレだが、剣技はしっかりと効果を発動──精気で構築されたエネルギー体の斬撃が殺人鬼の腹を切り裂いた。
「でも、この程度じゃ……無理ですよねー」
『…………』
「自然回復能力が高いのか、それとも魔法で治しているのか。うーん、やっぱり無詠唱的なことができると便利だよね」
性能が若干落ちることを気にしなければ、完全な無言での起動は戦闘で非常に有用だ。
殺人鬼は認識が阻害されているからか、詠唱どころか口の動きすら読めない。
それを読み取るのは非常に難しい……戦闘で強引に正体を暴くが難しいので、真面目に戦うことはできないのだ。
(だから任せますよ、探偵さん)
そう考えながら、目をジッと凝らして殺人鬼と戦い続けるのだった。
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