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偽善者と迷い子たち 三十一月目

偽善者と霧の都市 その07

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 彼女が自身の住処に戻ってきたのは、日が暮れる寸前。
 夕日を背景に帰って来る彼女は、なんだかドラマの終わりっぽかった。


「……ノゾム君、一つ聞いてもいいかな?」

「はい、なんでしょうか?」

「ボクはたしかに、自分の家……いいや小屋に戻ってきたつもりさ。うん、たしかにアレは家とは呼べないものだ。そして君は、小屋の修理をしてくれていた、そうだよね?」

「そのつもりでしたが……えっと、急にどうしたんです──って、うわぁっ!」


 正直、彼女を見るまでの記憶はない。
 覚えているのは、途中からやけに体が動いているということと、属性スキルを得るために魔術を一点に集中させていたことのみ。

 なので、自分が結局どのような作業をしているのかを意識していなかった。
 ……そしてどうやら、無意識の俺はそれなりの結果を残していたようだ。


「ど、どうしてこんな立派な家が!?」

「……君がやったんじゃないのかい? いやいや、さすがにそれは無いよ。その手に持った工具、減った材木、それに周辺の目から見ても君がやったことさ」

「い、いつの間に……」


 元の場所が狭かったので、別に豪邸に変貌しているとかそういう話じゃない。
 一軒家が、この周辺の家とはまったく異なる建築様式で建てられているのだ。

 そりゃあ視線も向けられるだろう。
 ……魔術は属性を絞ってあったし、バレていないことを祈るしかないか。


「ふぅ……ノゾム君には驚かされるな。まったく、これではボクの計画が台無しさ」

「計画、ですか?」

「そうだよ。まあいい、この話はまた別の時にしよう。自分がここまで驚いている時に、君を驚かせることは難しそうだ」

「そうですか……分かりました。では、すぐに夕食の準備をしますね。食材の方は、こちらの物を使うので大丈夫です」


 というわけで、すぐさま料理を──


「待て待て、急だなノゾム君。君、料理もできるのかい?」

「スキルはまだありませんが、経験自体はありますので。あっ、もしかしてそれはダメな方でしたか?」


 目に見える形で技量が見える世界なので、そういう思想の持ち主も居る。
 いわゆるスキル絶対主義、まあ鑑定スキルでも無いとなかなかならないみたいだが。

 お姉さんは違うようで、首を横に振る。
 そりゃあそんなことを言えるような、状況じゃなかっただろうし。


「それは別に構わないが……なんというか、依頼人にそのようなことを──」

「えっと、ではお姉さんって、料理は得意な方ですか?」

「…………」

「分かりました。僕にお任せください!」


 ちなみに、料理スキルがあろうと料理ができない者にはできない。
 逆にできないからこそ、派生する特殊な料理スキルがあるらしいが……まあ割愛だ。

 保存してあった食材を“停滞穴アイテムケース”から引っ張り出し、さっそく料理を開始する。
 建築同様、経験から無意識の手捌きで素早く調理していく。


「ふんふんふーん♪」

「見たことのない食材だね。これは、なんと言うのかい?」

「僕の地域の言葉だと、米ですね。言語理解スキルは通じていますか?」

「……意味が通る物を、ボクは知らないみたいだ。でも、君はこれを美味しいと思っているからこそ、今回出してくれるんだね? とても興味がある、ぜひとも楽しみにさせていただくよ」


 普通、自分が知らない物には拒否感があるだろうに……探究者というのは凄いな。
 分かりやすいたとえだと、異世界物でだいたいカレーがアレと言われる感じである。

 彼女の期待に応えるべく、腕によりをかけて料理を作り上げた。
 そのお陰か、料理スキルを今回の料理だけで得ている。


「じゃじゃーん、おむすびです! 米を握って、海苔……海藻を巻いたものです。中身もそれぞれ別の物を入れてありますので、楽しみにしてくださいね」

「ふむ……では頂こう」


 小屋の頃から、いちおう火や水を生成する魔道具が用意されてはいたが、そちらを使わない料理を選んだ。

 魔道具というの物は、定期的なメンテナンスを怠ると少しずつ劣化するからな。
 生活魔法で料理に使う程度のことはできるし、使わずとも問題は無いのだ。

 というわけで、衛生的にもしっかりとしたおむすびを食べる彼女。
 それぞれに絶賛の意を語ってくれたが……少々長いので、そちらも割愛しよう。


「ふぅ……美味しかったよ。異国の料理とはこのような感じなんだね」

「お気に召したようで何よりです。次はもっと工夫を凝らした料理にしますね」

「それは困ってしまうな。ノゾム君の料理に惚れてしまうじゃないか」

「あははっ、なら僕自身も気に入ってもらえるように、もっと美味しいご飯を作っていきますね」


 なんて軽口の応酬をした後、真面目な話に移行する。
 皿洗いを済ませ、彼女の部屋として用意した執務室で話を聞くことに。


「……探偵になれたら、ぜひとも使いたくなるような部屋だね」

「いえいえ、あくまでも仮設です。ちゃんとした職人さんに、しっかりとした家を建ててもらってくださいね」

「この話はまたいずれ、決着をつける必要がありそうだね。さて、『霧の殺人鬼』に関する情報だが、いくつかあったよ。どうやら、予告が届いたらしい。ノゾム君、君が一度目の事件を防いだことで変化が生じたんだ」

「! ……さすがは、探偵さんですね」


 俺はまだ、自分のやってきたことを言ったつもりは無かった。
 だが少ない情報から、彼女はそれを導き出したのだ。


「初歩的なことをしたまでのことさ。ノゾム君に悪意は無かったからこそ、すぐに分かったことだけどね。それよりも、今行わなければならないことがある。君はそれを、したいからこそボクに依頼をしたのだろう?」


 日は暮れ、そろそろ霧が夜をより深いものにするだろう。
 彼女の話を聞いて、すぐに阻止をしなければならないな。


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