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偽善者と迷い子たち 三十一月目
偽善者と霧の都市 その02
しおりを挟む殺人鬼は刃を振るう。
血の滴るそれは、点々と道しるべを地面に描いていた。
点を線で結んだ先には、袋小路まで追い込まれた女性が一人。
『た、助け──むぐっ!』
『…………』
『────ッ!?』
声を上げようとする女性の口は、殺人鬼によって塞がれる。
手を使って直接塞がれたのでない、見えないナニカが口を覆ったのだ。
その理解不能な現象に、女性が息を止めた瞬間を殺人鬼は見逃さない。
霧はすべてを包み、現実と夢の境界を曖昧にする。
そう、すべては狭間の中で行われたこと。
悲痛な叫びは誰にも届くことなく、女性の死を引き金に悲劇は幕を開くのだった。
□ ◆ □ ◆ □
幕開けされるその瞬間、俺は装置に魔力を籠めて魔術を起動する。
「──させるかよ、『追尾魔弾』」
『っ……!?』
突然の、しかも魔法とは異なる理で構築された魔術を避ける殺人鬼。
俺は女性の下へ向かい、彼女を庇うように前へ立つ。
俺がその現場に来たのは、女性が叫ぼうとしたときだった。
なぜか声を出せなかったことに、違和感を覚える。
魔眼スキルでよく視たところ、やはりそれは阻害の霧と同じものだった。
つまり、阻害の霧は殺人鬼の意思によって生み出されたモノだったわけだな。
「……どうする、まだやる?」
『…………』
ジッと睨んでいると、やがてこの場から気配が消えていった。
霧が晴れ……ることはないが、阻害の霧が無くなった分だけ周囲は見やすくなる。
「ふぅ……大丈夫ですか?」
「は、はい。ありがとうね、坊や」
「いえ、大したことはしていません。それよりも、いったい何があったんですか?」
「それは──あれ? 私、何かに襲われていたのよね。でも、何がどうして……何も思い出せない」
女性の記憶が混濁していたのは、霧にそういう効果があったからだろう。
外部から入る際は忌避感を、そして内部にいる者には認識忘却を与えていたのだ。
現に俺も、相手が具体的にどんなヤツなのかを覚えていない。
一人だったこと、霧を操っていたこと、人型だったこと……これだけだ。
耐性スキルが上がっていけば、おそらく覚えていられることも増えると思う。
こういうとき、【完全記憶】スキルが必要になるんだなぁとふと感じた。
「お姉さん、それじゃあ僕はこの辺で。また襲われないように気を付けてね!」
「あっ、ちょっと……」
この場に居る理由も無くなったので、女性に別れを告げて再び移動を始める。
阻害の霧は消えた、おそらく今日の殺人はもう無いだろう。
一発目の“追尾魔弾”の残滓を狙うよう、プログラムした二発目が機能しない。
それはつまり殺人鬼が、完全にこの都市から一時的に消え失せたことを意味する。
「普通の祈念者なら宿でもどこでも探すのかもしれないけど、俺は例外として不眠不休で頑張るとしますか──『不屈ノ体』」
仕事中毒の名を冠したその魔術は、不眠不休スキルを魔術で再現したものだ。
原理としては、睡眠時に行われる休養や記憶の定着などを全部魔術で済ませている。
実際のスキルの方は、本当に謎のシステムが違和感なく活動させているが、魔術にはそれなりに理屈が必要なので、睡眠そのものを瞬間的に終わらせるようにしてみた。
マジの仕事中毒者たちで実験済みだが、とりあえず一月ぐらいはこれで誤魔化せる。
それ以上は適性が無いと限界で、死んだように眠ってしまう副作用付きだ。
「……よし、これで休憩終了。事件が無いと分かっている内に、人探しと[マップ]埋めの方を終わらせないと!」
あの女性が兵士にでも言ったのだろう、少しずつ街が騒がしくなり始めている。
今日こそが殺人鬼──ジャック・ザ・リッパーが産声を上げた日だ。
◆ □ ◆ □ ◆
まあ、無駄にカッコよく言ったものの、その名前が出るのは本来まだ後の話。
今は霧の殺人鬼とか、そんな名称にされているようだ。
「あむあむ……にしても、霧が濃いから朝でも明るい感じがしないな。おまけに人も全然外に出てこないし」
必要最低限の外出に留め、霧の影響を受けないようにしているらしい。
ちなみに俺は日を超える直前に、吸収耐性スキルも得たので問題なくなった。
なのでこうして、誰も居ないベンチに座って食事をすることができる。
通行人はほとんどおらず、万全の対策をした者か意を決した奴しか出てきていない。
「そんな中で、祈念者はいったい何をしろと言うんだろうか。この世界に魔核持ちの魔物はいないし、だが魔力や魔法はある……それでも見抜けない殺人鬼なわけで、はてさてどうしたものか」
今は“不可侵ノ密偵”を使っているので、誰にも気づかれずに独り言が言える。
おそらく、持っているスキルだけでは殺人鬼を単独でどうにかするのは不可能だ。
仲間……というか協力者がいれば、もしかしたらなんとかなるかもしれないが。
クリア方法が分からない以上、無暗に動くのは犠牲者を増やすだけか?
「……とりあえず、行ってみるしか無いか。一番情報がありそうな場所に」
おそらくこの世界を構築した運営、アレが好きなんだろうなと思う。
現実にも存在する大きな時計塔、そこはこの世界においてギルドの名を冠していた。
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