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偽善者と迷い子たち 三十一月目
偽善者と霧の都市 その02
しおりを挟む俺がこの都市に来たのは夜だった。
ランプが街を照らすのは、あくまでも大通りだけ……[マップ]を埋めるべく小道も通る俺は、光の届かない場所を見ている。
「こういうところで、事件って起きるんだろうな……逃げ道の無い袋小路で、かついかにも落書きがしやすい壁。あとは赤い文字が書かれていたら完璧だったな……期待するだけ無駄か」
そんな初歩的なネタバレをされれば、すぐさま犯人が分かってしまうだろう。
祈念者がこの世界に来て、取れる行動は大きく分けて二つ──止めるか、止めないか。
間違いなくここが過去のロンドンに魔法の要素を加えたものだということは、少し街を歩けば分かることだ。
イメージ的には、科学が7割で魔法が3割といった感じだろうか。
魔物の要素である魔核は見当たらなかったので、おそらく存在していない。
そんな偽りのロンドンでこれから、現実でも現れたであろう殺人鬼が暴れる。
新聞を確認したところ、日付は現実で言うところの十月……これはおかしかった。
「たしか、分かっているものだと一人目の被害者は八月、そうじゃない場合も十二月がスタートだった。そもそも、滞在期間が一週間しか本来は無いんだから、その辺りは現実とは違う形になっているんだろう」
魔法やスキルがある以上、殺人鬼も並大抵の手段では殺せなくなっているだろう。
殺気に反応スキルもあるし、魔法で音を出せば兵士だってやって来る。
何より、まだ誰も殺されていないのだ。
正確には事件になるような殺しは、だが。
そんなわけで、祈念者にはクリアのためにどうすればいいのかが求められている。
「止めるなら、初日からいろんな場所を探しておかないといけない。止めないなら、事件が起きた後に探偵といっしょに探せばいい。いずれにせよ、死人が出るかどうかは祈念者次第ってわけだ」
何を以ってクリアなのか、おそらくは正体に関する何かなのだろう。
魔法があるので、暴くだけではダメ……捕まえるなどして、止めることが条件のはず。
なんてことを考えていると、俺の強化した知覚能力が周囲の変化を教えてくれる。
魔力の感知が阻まれるようになり、だがそもそもそこに行く気が失せている気がした。
「忌避感か……なら──“意識覚醒”」
意識を保つために使うような魔法だが、応用すれば正常な思考の維持にも使える。
スッと頭の中が、クリアになったような感覚があった……つまりはそういうことだ。
「魔術で包んでいても、か。霧を知覚するという認識そのものが、阻害を発動する条件になっているってことか。あと、単純に魔力以外の身力が入っているのかもな」
魔術は純粋な魔力の塊を、術者のプログラムで弄ることで発動する。
そのため、事前に設定した通りの効果しか発揮することができない。
そして、移動前に使った“防護覆服”は、あくまでも周囲の霧に合わせてのもの。
変化が起きた後に生成された、阻害の霧の方には対応できていなかったみたいだ。
とりあえず霧の中に突っ込むことに、俺の体は拒否反応を示さなくなる。
なのでより霧が深くなっている方へ、定期的に“意識覚醒”を使いながら進んでいく。
「耐性は……まだか。二ィナなら、もう何かしら得ているだろうに。本当、モブスペックなんだよな、俺の体は」
義妹にして、最新の『超越種』。
ありとあらゆる才能を詰め込まれた、天才という概念が擬人化したような存在──そして何より、とにかく可愛いのだ。
そんなニィナなので、ゲーム的に言えばスキル習得に必要な熟練度が少しでいい。
願っただけで得ることは無いが、最低限の努力で最大限の利益が得られるのだ。
……が、そんなハイスペックな義妹と違い本来の俺は凡人レベル。
未だ鑑定などのレアスキルや固有スキルを習得していないのが、何よりの証拠だ。
「まあ、固有スキルを必ず得られるのなんて祈念者だけなんだけど。先天型の方は特に、くじ引きみたいなもんだしな……さて、そろそろ着くかな。ようやく耐性も得たし」
得たスキルは忘却耐性と環境耐性。
あまりに阻害の霧の効果が強すぎた結果、俺でもスキルを得られるレベルまでに熟練度が上がったのだろう。
後者の効果で最初から発生していた霧にも耐性が付いたようで、少しだけ展開している魔術の消費速度も低下した。
「……これなら、ちょっとだけ解除しても大丈夫だな。耐性のレベルも上がるし、何か起きたときに魔術を使うことができる」
俺の強みは相手が鑑定スキルを持っていても、どんな魔術が使えるか分からない点だ。
こちらでは魔術が広まっていないことは確認済み、つまり俺だけの利点と言える。
殺人鬼がどういう方法で殺しをしているのか、まだ分かっていない以上用心は必要だ。
まずは解除して、どの魔術を使えるようにしておくか考え──
「……そんな時間も無いみたいだな」
鋭敏な聴覚で聞き取った、小さな爆発音。
それは何やら、事態が嫌な方向へ傾き始めた合図とも言える。
とりあえず偽善者として、死人は可能な限り出さない方がいいだろう。
そんなことを思いながら、俺は音の発生源へ急行するのだった。
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