1,955 / 2,518
偽善者と迷い子たち 三十一月目
偽善者と霧の都市 その01
しおりを挟む深い深い霧の中。
かつて、とある都市を襲った悲劇。
そのすべては霧に隠され、真実を知る者は誰一人いない。
闇よりも昏く、どこまでも救われない……どこにでもあった死の連鎖。
子供が死に、大人が死に、誰が死のうと止まらない。
霧のようなナニカは、性別も階級もいっさい関係なく蝕んでいく。
──ある日、それは形を成した。
狂気の顕現者、悪意の惨殺者。
都市に起きた哀しみを背負い、どこまでも無慈悲に振るわれる死の刃。
何人もの女性が死んだ。
だがそれ以上に、その都市は死を内包していた。
終わりは来るのだろうか、その先に救いはあるのだろうか。
人々は願う、この霧の終わりが希望の始まりだと。
これは、明けない霧が生みだした終わりのない悪夢の記録。
未来を望み、それでもなお手が届かないまま果てた……終わった物語。
□ ◆ □ ◆ □
なんというか、今回はクソ女神が関わっていないみたいだ。
いつものモノローグは性別が分からない声だったし、何より……救いが無いようだし。
まあ、この場所がいつものように魔本の中だということは確認できた。
霧に呑み込まれた瞬間、頭に流れ込んできたソレは、定番の現象なわけだし。
「なんだかんだ、クソ女神は最終的に救いがあるみたいな感じにしているからな。けど、今回は思いっきり悲劇だし……ついでに言うと、たぶんノリ任せになってるし」
そう呟いて、辺りを見渡してみる。
実際に行ったことは無いが、たしかには俺がテレビ越しに何度も見た覚えのあったロンドンの街並みが広がっていた。
ただし、この擬似ロンドンは現在ではなく過去の街並みを再現した物。
新しくはあるが壊れた部分の修復などはされておらず、そのうえ排泄物がチラホラと。
「ふむ……話によれば、滞在できる時間は七日間だったな──押し広げるか」
俺は探偵でも何でもないので、限られた時間で真相を暴くと言うのはほぼ不可能だ。
そのうえ、制限時間が足りないならば……凡人でも分かるレベルまで増やせばいい。
「魔導解放──“閉ざされし終末”。そして次元魔法──“次元固定”」
魔導によって俺という存在をこの迷宮で封じ込めたうえで、この座標からの強制的な移動ができないようにしておく。
迷宮、そして魔本では外界と異なる時空間の理が働いている。
それを利用して、俺が望む限りここに居られるようにした。
ただ、これは膨大な魔力を保有する俺でもかなり厳しいこと。
時間を止めるうえ、本来あるべきルールを拒否しているわけだから。
抗うために支払う対価を、魔力のみで済ませるというのはかなり異常だ。
だからこそ、回復が追い付かないレベルで現在進行形で消耗していた。
「……縛りプレイで燃費を抑えれば、最低限の活動はできるか。とりあえず、ノゾムとしていつも通りやってみよう」
変身魔法、そしてリーの実力偽装スキルで俺は『偽善者』から『凡人』に変化する。
同時に縛りによって、常時発動させているスキル以外をすべて封印。
これによって、俺はこれまでの凡人プレイで得たスキルしか使えなくなる。
代わりに燃費のいいスキルをいくつか確保したので、ここでの活動もしやすくなった。
「……状況を把握しよう。まず、ここは霧の都。ロンドンっぽいが、そもそも魔力がある時点で似て非なる場所だ」
周囲にバッチリ存在するし、それらを集めて操ることもできている。
少なくとも俺の知り得る限り、現実でそれはできないはずなので……違う場所だ。
「霧は単純な自然現象じゃなくて、何らかの状態異常を引き起こす効果がある。このままでいるのも、それはそれで危険ってことになるのか──『防護覆服』」
俺がその手に嵌めている機械、それは魔術の起動を補助する装置。
プログラムしておいた魔術式を展開、籠めた魔力をそれ用に精製して起動してくれる。
発動したのは“防護覆服”。
自分の周囲を小規模な結界で覆うことで、外部の環境によって引き起こされる状態異常などを阻止するという魔術。
まあ、そちらに特化した代わりに結界の防御力は皆無で、物理攻撃への抵抗には使えないのだけれど……それはそれで、別の方法でどうにかすればいい。
「いきなり死ぬ可能性もある。いつまでもここでふらふらしているのは不味いよな。今までも、チュートリアルキャラが現れる、なんて展開は無かったし──『不可侵ノ密偵』」
装置で同時に発動できる魔術は二つ。
霧の対策に今は“防護覆服”は必須だとして、隠密行動に必要な“不可侵ノ密偵”を起動しておいた。
安全を確保できれば後者は解除できる。
そのうえで、霧への対策ができれば前者もまた解除可能だ。
隠密行動はスキルも使って行うつもりなのだが、それでも“不可侵ノ密偵”も必須。
なんせ、眷属が創った魔術だから……他のどのスキルよりも安心して潜めるのだ。
「これで準備はいいか……うーん、それじゃあどこから向かうべきか」
まず行うべきはマッピング。
宙に浮いた[メニュー]から[マップ]を表示したところ、霧の中でも正常な画面が表示される。
運営もさすがに、そこまで妨害するとクリアできなくなると察したのだろう。
この情報を最低限参考にしながら進む予定なので、これを埋めるのが最初の目標だ。
「ついでに、言葉が通じるのかどうか。俺の知り得る限りの切り裂き魔の情報がどこまで正しいのか、その正体に関する説のどれが近いのか……調べることは多いな」
モノローグの情報は正しいだろうし、それは答えに繋がるヒントになる。
だが、比喩的な表現が多く、女性ばかりが狙われていることぐらいしか分からない。
「……それに、霧だって立派に人を殺しているだろうし。先に子供や大人が死んだことを出したうえで、それから女性云々が書かれていたんだ。別物、いや殺し方が何種類もあると言いたいのかもな」
眷属たちに頼ればすぐに分かるかもしれないし、思考演算系の魔術を起動すればもっと詳しく分かるかもしれない……が、凡人状態ではさっぱりだ。
もちろん、俺のような奴もいるだろう。
答えが分からない人はどうするのか……正解は単純、それを知っている奴から情報を集めていけばいい。
「ここが偽りの……夢幻のロンドンなら、切り裂き魔以外にも登場人物がいるんじゃないか? 観測的【希望】ではあるが、クソ女神じゃなく運営がやっているなら、攻略ギミックの一つや二つ、仕込んであるだろう」
謎解きには必要不可欠な存在が居る。
もしかしたら彼らを見つければ、俺たちは何もせずとも事件が解決するのかもな。
0
お気に入りに追加
510
あなたにおすすめの小説
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
DPO~拳士は不遇職だけど武術の心得があれば問題ないよね?
破滅
ファンタジー
2180年1月14日DPOドリームポッシビリティーオンラインという完全没入型VRMMORPGが発売された。
そのゲームは五感を完全に再現し広大なフィールドと高度なグラフィック現実としか思えないほどリアルを追求したゲームであった。
無限に存在する職業やスキルそれはキャラクター1人1人が自分に合ったものを選んで始めることができる
そんな中、神崎翔は不遇職と言われる拳士を選んでDPOを始めた…
表紙のイラストを書いてくれたそらはさんと
イラストのurlになります
作品へのリンク(https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=43088028)
虚弱生産士は今日も死ぬ ―小さな望みは世界を救いました―
山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。
Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。
最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!?
ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。
はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切)
1話約1000文字です
01章――バトル無し・下準備回
02章――冒険の始まり・死に続ける
03章――『超越者』・騎士の国へ
04章――森の守護獣・イベント参加
05章――ダンジョン・未知との遭遇
06章──仙人の街・帝国の進撃
07章──強さを求めて・錬金の王
08章──魔族の侵略・魔王との邂逅
09章──匠天の証明・眠る機械龍
10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女
11章──アンヤク・封じられし人形
12章──獣人の都・蔓延る闘争
13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者
14章──天の集い・北の果て
15章──刀の王様・眠れる妖精
16章──腕輪祭り・悪鬼騒動
17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕
18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王
19章──剋服の試練・ギルド問題
20章──五州騒動・迷宮イベント
21章──VS戦乙女・就職活動
22章──休日開放・家族冒険
23章──千■万■・■■の主(予定)
タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。
モノ作りに没頭していたら、いつの間にかトッププレイヤーになっていた件
こばやん2号
ファンタジー
高校一年生の夏休み、既に宿題を終えた山田彰(やまだあきら)は、美人で巨乳な幼馴染の森杉保奈美(もりすぎほなみ)にとあるゲームを一緒にやらないかと誘われる。
だが、あるトラウマから彼女と一緒にゲームをすることを断った彰だったが、そのゲームが自分の好きなクラフト系のゲームであることに気付いた。
好きなジャンルのゲームという誘惑に勝てず、保奈美には内緒でゲームを始めてみると、あれよあれよという間にトッププレイヤーとして認知されてしまっていた。
これは、ずっと一人でプレイしてきたクラフト系ゲーマーが、多人数参加型のオンラインゲームに参加した結果どうなるのかと描いた無自覚系やらかしVRMMO物語である。
※更新頻度は不定期ですが、よければどうぞ
VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?
ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚
そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
女神様から同情された結果こうなった
回復師
ファンタジー
どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。
ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~
三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】
人間を洗脳し、意のままに操るスキル。
非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。
「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」
禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。
商人を操って富を得たり、
領主を操って権力を手にしたり、
貴族の女を操って、次々子を産ませたり。
リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』
王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。
邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる