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偽善者と迷い子たち 三十一月目

偽善者と霧の都市 その01

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 深い深い霧の中。
 かつて、とある都市を襲った悲劇。

 そのすべては霧に隠され、真実を知る者は誰一人いない。
 闇よりも昏く、どこまでも救われない……どこにでもあった死の連鎖。

 子供が死に、大人が死に、誰が死のうと止まらない。
 霧のようなナニカは、性別も階級もいっさい関係なく蝕んでいく。

 ──ある日、それは形を成した。

 狂気の顕現者、悪意の惨殺者。
 都市に起きた哀しみを背負い、どこまでも無慈悲に振るわれる死の刃。

 何人もの女性が死んだ。
 だがそれ以上に、その都市は死を内包していた。

 終わりは来るのだろうか、その先に救いはあるのだろうか。
 人々は願う、この霧の終わりが希望の始まりだと。

 これは、明けない霧が生みだした終わりのない悪夢の記録。
 未来を望み、それでもなお手が届かないまま果てた……終わった物語。

  □   ◆   □   ◆   □

 なんというか、今回はクソ女神が関わっていないみたいだ。
 いつものモノローグは性別が分からない声だったし、何より……救いが無いようだし。

 まあ、この場所がいつものように魔本の中だということは確認できた。
 霧に呑み込まれた瞬間、頭に流れ込んできたソレは、定番の現象なわけだし。


「なんだかんだ、クソ女神は最終的に救いがあるみたいな感じにしているからな。けど、今回は思いっきり悲劇だし……ついでに言うと、たぶんノリ任せになってるし」


 そう呟いて、辺りを見渡してみる。
 実際に行ったことは無いが、たしかには俺がテレビ越しに何度も見た覚えのあったロンドンの街並みが広がっていた。

 ただし、この擬似ロンドンは現在ではなく過去の街並みを再現した物。
 新しくはあるが壊れた部分の修復などはされておらず、そのうえ排泄物がチラホラと。


「ふむ……話によれば、滞在できる時間は七日間だったな──押し広げるか」


 俺は探偵でも何でもないので、限られた時間で真相を暴くと言うのはほぼ不可能だ。
 そのうえ、制限時間が足りないならば……凡人でも分かるレベルまで増やせばいい。


「魔導解放──“閉ざされし終末”。そして次元魔法──“次元固定フィックス”」


 魔導によって俺という存在をこの迷宮で封じ込めたうえで、この座標からの強制的な移動ができないようにしておく。

 迷宮、そして魔本では外界と異なる時空間の理が働いている。
 それを利用して、俺が望む限りここに居られるようにした。

 ただ、これは膨大な魔力を保有する俺でもかなり厳しいこと。
 時間を止めるうえ、本来あるべきルールを拒否しているわけだから。

 抗うために支払う対価を、魔力のみで済ませるというのはかなり異常だ。
 だからこそ、回復が追い付かないレベルで現在進行形で消耗していた。


「……縛りプレイで燃費を抑えれば、最低限の活動はできるか。とりあえず、ノゾムとしていつも通りやってみよう」


 変身魔法、そしてリーの実力偽装スキルで俺は『偽善者メルス』から『凡人ノゾム』に変化する。
 同時に縛りによって、常時発動させているスキル以外をすべて封印。

 これによって、俺はこれまでの凡人プレイで得たスキルしか使えなくなる。
 代わりに燃費のいいスキルをいくつか確保したので、ここでの活動もしやすくなった。


「……状況を把握しよう。まず、ここは霧の都。ロンドンっぽいが、そもそも魔力がある時点で似て非なる場所だ」


 周囲にバッチリ存在するし、それらを集めて操ることもできている。
 少なくとも俺の知り得る限り、現実でそれはできないはずなので……違う場所だ。


「霧は単純な自然現象じゃなくて、何らかの状態異常を引き起こす効果がある。このままでいるのも、それはそれで危険ってことになるのか──『防護覆服ガードスキン』」


 俺がその手に嵌めている機械、それは魔術の起動を補助する装置。
 プログラムしておいた魔術式を展開、籠めた魔力をそれ用に精製して起動してくれる。

 発動したのは“防護覆服”。
 自分の周囲を小規模な結界で覆うことで、外部の環境によって引き起こされる状態異常などを阻止するという魔術。

 まあ、そちらに特化した代わりに結界の防御力は皆無で、物理攻撃への抵抗には使えないのだけれど……それはそれで、別の方法でどうにかすればいい。


「いきなり死ぬ可能性もある。いつまでもここでふらふらしているのは不味いよな。今までも、チュートリアルキャラが現れる、なんて展開は無かったし──『不可侵ノ密偵ハイドエンド・シーク』」


 装置で同時に発動できる魔術は二つ。
 霧の対策に今は“防護覆服”は必須だとして、隠密行動に必要な“不可侵ノ密偵”を起動しておいた。

 安全を確保できれば後者は解除できる。
 そのうえで、霧への対策ができれば前者もまた解除可能だ。

 隠密行動はスキルも使って行うつもりなのだが、それでも“不可侵ノ密偵”も必須。
 なんせ、眷属が創った魔術だから……他のどのスキルよりも安心して潜めるのだ。


「これで準備はいいか……うーん、それじゃあどこから向かうべきか」


 まず行うべきはマッピング。
 宙に浮いた[メニュー]から[マップ]を表示したところ、霧の中でも正常な画面が表示される。

 運営もさすがに、そこまで妨害するとクリアできなくなると察したのだろう。
 この情報を最低限参考にしながら進む予定なので、これを埋めるのが最初の目標だ。


「ついでに、言葉が通じるのかどうか。俺の知り得る限りの切り裂き魔の情報がどこまで正しいのか、その正体に関する説のどれが近いのか……調べることは多いな」


 モノローグの情報は正しいだろうし、それは答えに繋がるヒントになる。
 だが、比喩的な表現が多く、女性ばかりが狙われていることぐらいしか分からない。


「……それに、霧だって立派に人を殺しているだろうし。先に子供や大人が死んだことを出したうえで、それから女性云々が書かれていたんだ。別物、いや殺し方が何種類もあると言いたいのかもな」


 眷属たちに頼ればすぐに分かるかもしれないし、思考演算系の魔術を起動すればもっと詳しく分かるかもしれない……が、凡人状態ではさっぱりだ。

 もちろん、俺のような奴もいるだろう。
 答えが分からない人はどうするのか……正解は単純、それを知っている奴から情報を集めていけばいい。


「ここが偽りの……夢幻のロンドンなら、切り裂き魔以外にも登場人物がいるんじゃないか? 観測的【希望】ではあるが、クソ女神じゃなく運営がやっているなら、攻略ギミックの一つや二つ、仕込んであるだろう」


 謎解きには必要不可欠な存在が居る。
 もしかしたら彼らを見つければ、俺たちは何もせずとも事件が解決するのかもな。


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