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偽善者と迷い子たち 三十一月目

偽善者とキップル渓谷 後篇

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 というわけで、レミルによるアンデッドの浄化が始まったわけだが……基本的には、ただ立っているだけでいい。

 俺はアンデッドと戦う前に種族が変わったので知らなかったが、天使とはそこに存在するだけで自浄作用を発揮するんだとか。

 要するに、わけも分からず彷徨っていた個体なら容易く浄化できるということ。
 そうでなくとも、ゆっくりと時間を掛ければ普通のアンデッドなら浄化可能なのだ。


「とはいえ、かつてここは証拠隠滅などに使われた処刑場。うっかり落ちてっちゃいました、その一言で有耶無耶にできたみたいだし。結構強めな個体も居るんだよな」


 本来、そんな死者を集めるのがアイの役割だが、どうしても手の届かない場所というものがあるんだとか。

 そういった場所の一つに、より地下の世界との繋がりが深い場所が挙げられていた。
 まあ、澱みが溜まり過ぎた結果、普通の方法ではここから回収できなくなったのだ。


「レミルは……うん、そんなのお構いなしに浄化しているな。盾の効果があり過ぎたか」


 組み合わせで効果が変わる二枚の盾。
 その一つには、聖属性と浄化の力を高めるというこの場でピッタリな盾もあった。

 戦闘が始まり、普通の方法では浄化ができないことを察して用いている。
 攻撃を受けるだけで浄化を行い、そうしなくても浄化を行う……アンデッドの天敵だ。

 なので現在、膠着状態に陥っている。
 俺というお荷物を抱えているレミルは、あまり激しく動くことはできず、アンデッドたちも攻撃すると手酷い反撃を受けるからだ。

 なので、いつまでも経ってもこの戦いが終わることは無い。
 しいて言うなら、援軍のアンデッドが来ては余剰が攻めてきて浄化されるぐらいだ。


「うーん。そうだな……レミル、指輪も使っていいから状況を変えてくれ」

「はい、分かりました」


 降りる際に使った、“飛武具操”を発揮できる指輪。
 それはかつて、俺がプレゼントした眷属一人ひとりに合わせた代物だ。

 それゆえに、他の効果もまた彼女に合わせた優れもの。
 準備を始めた彼女の周りに、展開された大量の盾──俺の周りに数十枚あるな。


「……多すぎないか?」

「私にメルス様を守り切る力があれば、もう少し少なくても良いのですが……」

「そういう問題なんだろうか。まあ、それはいいか。レミルのカッコイイとこ、見せてくれたら帳消しってことで」

「カッコイイ、ですか? えっと、頑張ってみます──“無手武技”!」


 彼女が指輪の能力を起動すると、その手に持っていない盾が光を放つ。
 それは紛れもなく、武技が発動する際に生じるエフェクト。

 それこそが、“無手武技”の能力。
 本来、体内の魔力や精気力を用いなければ発動しないソレを、遠隔でも使えるようにする……まさに彼女に適したものだ。

 ただし、距離と使う武器種によって消費するエネルギー量は増大する。
 数が増えれば増えるほど、彼女はより消耗してしまう……それでも彼女は武技を使う。


「“切斬スラッシュ”、“振打スイング”“穿撃ボーア”、“押突プッシュ”」
「“放射シュート”、“早投スロー”、“握殴パンチ”、“踏蹴キック”」
「“振叩《スマッシュ》”、“速振《シェイク》”、“引爪《クロー》”、“防御《ガード》”」


 流れるように唱えるのは、そのすべてが俺でも習得している初期の武技。
 だが、複数が同時に発動するため、効果も重複していく。

 盾をさまざまな武器のように使い、対応した武技に合わせて攻撃を行う。
 アンデッドはどんどん増えていく、だがそれ以上に彼女の攻撃が数を減らしていった。


「さて、こうしていれば……うん、予兆が出てきたな」


 アンデッドが減れば減るほど、地の底に溜まっていく負のエネルギーである瘴気。
 本来、それはレミルの自浄作用によって消えていくのだが……ここでは違っていた。

 瘴気が浄化される寸前で、それは異なるものに変化していく。
 特殊な『眼』が無ければ認識できないはずの瘴気も、変換されることで可視化される。


「メルス様、霧が……お気を付けください」

「いや、これが俺の望んだものだ。死者の生みだした瘴気。これまで例の場所が現れた際も、何らかの形で瘴気が事前に散らかされていたらしいからな」


 どちらも祈念者がやらかして、アンデッドが暴れたからなんだとか。
 ともあれ、霧の発生条件は当たった、あとはこの後についてだ。


「おそらくこの後、俺だけが消える。運営絡みだからか、街で発生した霧が呑み込んだのは祈念者だけだったらしい。まあ、指輪を嵌めていれば入れると思うが……今回は、俺だけで中に向かう」

「そんな、メルス様!?」

「普通のイベントと違って、これがどういう仕様なのか分からないからな。それに、これは偽善だ。俺の予想通りなら、独りでやった方がたぶん上手くいく……埋め合わせは、その後でちゃんとするから」

「……約束ですよ。何かありましたら、言いつけを破ってでも乗り込みますから! ──“裁きの光ジャッジメントレイ”」


 レミルの放った魔法がトドメになった。
 周囲のアンデッドが消滅すると同時に、瘴気が変換されて濃密な霧になる。

 そしてそれは、俺たちを包み込み……レミルだけを残し、谷底から消滅するのだった。


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