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偽善者と渡航イベント 三十月目
偽善者と渡航イベント後篇 その20
しおりを挟む──戦闘終了まで、あと■秒。
死に至る毒を直接注入され、俺は死ぬ。
決死の覚悟で行われた、たった一度切りの文字通り必殺技。
どういった性質のものかはさっぱりだが、少なくともほぼすべての状態異常に対処できる俺でも、即座に対応できないレベルにヤバい代物だった。
彼女にとって俺は祈念者、死に戻りすれば儲けものぐらいに考えているのだろう。
まあ、そこに関してはどうでもいい……嗾けた俺が悪いからな。
──戦闘終了まで、あと0秒。
とはいえ、俺にとって死とは終わりではない……と強く信じている。
もちろん現実に戻れば無力な凡人なので、そちらで語るときは普通に終わりだけども。
ひどく【傲慢】で【強欲】な俺なので、死程度で眷属が引き剝がされるなんて嫌だ。
そして何より、眷属の一部は俺と生死を共有しているので絶対に避けねばならない。
□ ◆ □ ◆ □
制限時間が過ぎ、強制的にただの普人の姿に戻されたカナ。
だがそんな変化にも気づかないほど、目の前の事象を否定したがっていた。
「……なん、で」
「俺は生き残り、貴様は敗北する。それこそがこの世界の選択ゆえに」
呆然とするカナを首から退かし、両手首を掴んで持ち上げる。
俺の足元には[天華]が戻っており、いつでも彼女を殺すことができた。
そんなことにも気づかず、どうして殺し切れなかったのかを問いている。
当然だ、彼女の“停戦強体”が発動中なら確実に死んでいただろうし。
「すべては霧の中。カナ、貴様は望んだ未来に溺れていたのだよ」
「だって、視た未来じゃ……!」
「そのとき虹色の剣は太陽の輝きを纏っていたのか? 俺の眼には、この剣は霧を生み出しているように見えるのだが?」
「っ……幻覚、なんですね」
方法は分からないが、彼女は従魔の力を借りてかなり精度の高い未来を視ていた。
俺の動きを解析して、先ほどの一撃を打ち込むための最適解を導きだしたのだろう。
だが、それはとある要素を除外したうえで演算された未来だった。
そこに気づけなかった結果が、この俺が生存している未来なのである。
「──“世界欺く夢幻の霧”。これが貴様を敗北に導いた魔導の名だ」
「……ハークさんが言っていました、魔導は自己の投影だと。魔王さんは、何か隠したいことが?」
「らしいな。だが、俺のモノは違う。これは俺の引き出された一面、それに過ぎない」
俺の魔導の大半は、{感情}で弄られた精神状態で生み出したもの。
だがこれは、数少ないノーマル状態に近しい時に生みだした魔導だ。
そもそも、俺の現状こそが世界を欺いているようなもの。
善を偽り、人を匿い、どこでもないどこかへと呑み込む……霧の本質はそれだ。
「この勝負は俺の勝ちだ。これ以上、抗うのは止めておけ……これ以上は、闘いの範疇を超えることになる」
「…………はい」
「ハークが今、どうなっているか。賭けの結果はそれで決まるだろう。俺がここで勝っても、得られるのは貴様の体だけ」
「か、体……!」
何を恥じらっているかはさっぱりだが、隷属させてもすぐにハークが解除するはず。
俺はたしかに彼女に勝ったが、これはあくまでも時間稼ぎだし。
「魔導を解く。勝負がどうなっているのか、さて……楽しみだな」
「…………はい」
「チッ、気に食わんなその顔」
「えっ?」
独り言を聞かれたようだが、抱かれた疑念に答える気は無い。
──どうせ戻れば、その目で理解するだろうしな。
◆ □ ◆ □ ◆
魔導“果てなき虚構の夢幻郷”を解除し、元の世界に帰還する。
カナも切れていたハークとのパスが繋がることで、結果を知ったことだろう。
「……魔王さん」
「そうだな。俺の眷属はよくやった、ということだろう」
「まさか、ハークさんに勝てる人がいるなんて……それも独りで」
「人外、『超越者』、天才、好きなように呼べばいい。俺たちにとっては、ただの努力家でしかないがな」
どうやらアルカさん、独りで無双して勝ったみたいです。
不味い、今回の経験を経てさらに強化された彼女とは戦いたくない。
初見+嵌め殺しでどうにかできた時代は、とうに過ぎ去っている。
今の彼女が全身全霊すべてを賭して挑んだなら、俺は……どうなるんだろうな。
そんな彼女によって、竜殺しは成された。
もちろん半殺しではあるが、それにより先にカナチームがゴールするという野望は潰えたわけだ。
「……ですが、まだ勝機はあります」
「そうだな。単純な速さだけではない、今回求めたのは総合的な数値だ。無論、そちらでも俺は負ける気などないのだが」
「それでもです」
「ふむ……もうネタバレをしても良い頃なのだが、もう少し待った方が良いか」
本人の前で言うのもどうかと思ったが、何やら闘志を燃やしていて気づかれない。
それに俺は彼女だけと戦っていたわけではないので、そちらにも気を配る必要がある。
賭け的には、ほぼ間違いなく俺の勝ちだ。
しかし、それではいそうですか、分かりましたということになるとは限らない。
俺は選択をいつも間違える、少なくとも正しい選択であれば相対した者たちにあんな顔などさせなかっただろう。
「……なあ、カナ」
「えっと、はい?」
「もし、最初に会ったそのときに……俺がただの、普通のヤツとしてお前と話していたなら、こんなことにはならなかったか?」
「…………」
すぐに答えは返ってこなかった。
それは彼女が、俺の意味の分からない問いかけに真剣な回答をしようとしてくれている証左なのだろう。
時間を掛け、待つこと数分。
ゆっくりと、彼女は口を動かす。
「……たぶん、ならなかったと思います」
「そうか──」
「でも! それ以上に……わたしは、今みたくはなれませんでした。勝手に怖がって、それでも信じてほしい。そんなわがままを、いつまでもみんなに強要していたんです」
それはきっと、彼女の弱さなのだろう。
積み重ねてきたものが無くなることを恐れて、手放さないよう繋ぎ留めてきた。
それ自体は何ら悪いことではない。
紡いできた絆を守りたいと思うことに、そう思うことなどできやしないのだから。
「魔王さんに会って、まだ数回です。ですがその間だけでも、いろんなことをわたしは経験しました」
「支配者然と振る舞って、何でもかんでも強いてくるヤツといっしょに居て、楽しいと想えたか?」
「不思議な人だとは思いましたが、少なくともナースちゃんが楽しそうでしたので、悪い人ではないと思っていましたよ。それに、一度も距離を詰めようとしませんでしたし」
「……分かるものか?」
はい、と答えられてしまうと、こちらも溜め息を吐きたくなる。
基本、祈念者には一定の距離感を保つつもりでいたからな。
オブリとか、自由民の眷属の内子供組から言われて改めてはいるものの。
祈念者たちには帰るべき場所がある、だからこそ割り切っているだけなんだがな。
「それでも、怖くはありません。だって、魔王さんはわたしが絶対に嫌がることはしていません。それをすれば、わたしがあなたを拒絶すると分かっているから」
「…………正解」
「わたしにとって、みんなは家族です。電子上の、ゲームの中だけの存在とは思っていません。だからこそ、それを強く守りたいと考えている……それは間違いですか?」
俺と彼女は似ている、方向性がまったく違うだけで。
俺は自由民を求め、彼女は従魔を求めた。
だがその根幹にある欲に、おそらく差があるのだろう。
「──『撲滅イベント』」
「えっ?」
「くだらない名前と、くだらない内容。誰もが結果だけは知っていても、それ以上を知る必要が無いと思うようなイベントだ。それを調べて、俺がわざわざこれを調べさせた理由が分かれば……答えは分かるだろう」
そう言って、俺は立ち去る。
……否、立ち去ろうとしたが、彼女は俺の手を掴んだ。
「あの、一つだけ分かります!」
「……なんだ?」
「魔王さん、逃げようとしているだけなんですよね?」
「…………正解」
この後、どうにかして彼女の拘束を振り切り逃走した。
いや、俺にシリアスとか向いていないんですよ……勘弁してください!
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