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偽善者と渡航イベント 三十月目
偽善者と渡航イベント後篇 その17
しおりを挟むようやくカナは心を表に出した。
いや、正しくは出していた……が、それは正の想いのみ。
聖人とて、決して負の想いが存在しないわけではない。
それを切り分け、表に出さないことができるのが聖人なのだろう。
彼女は普通だ、それでも聖人のように振る舞えてしまった。
これまでの俺に対する優しさとは、それ以外の想いが露出していなかったらこそ。
……当然というかなんというか、畏怖嫌厭で印象最悪のヤツへの態度じゃなかったし。
そういう部分も割り切り、離すことができたのもまた異常の一つなのだろう。
「魔王さん!」
「ふはははっ、いつでも来い!」
太陽のように輝く剣と花に包まれた剣、そして透明な槍を操る俺。
対するカナは、まだその身に宿る従魔たちと共に俺を倒そうとしている。
だが、何もかもが足りていない。
ただの従魔師が至ることのできる限界は、もうすぐそこまで来ている。
「くっ、どうして……」
「どうして、とは? 俺がこれだけの力を持つことか? 俺がお前にしたことか? 俺がお前にこれだけのことをした理由か? すべて無駄だ、答えは一つ──俺が俺であるために必要なことだからだ!」
剣を畳みかけ、槍で奇襲を行う。
その繰り返しを続けているだけで、少しずつ減っていった彼女の従魔たち。
それは紛れもない彼女の選択によるもの。
ここに至るまでのすべて、俺の干渉もあるが最終的な判断は彼女自身が選んだ道……だからこそ、そこに躊躇していた。
「それに対してカナ、貴様はどうだ? その力は何のためにある!?」
「それは……これは、みんなとの絆──!」
「絆は破れ、今に至る。そんなことも分からないのか、貴様は。俺が求めたカナという娘は、もっと思慮深いと思ったのだがな」
俺がそれを言うと、大半の人間がより賢くなってしまうのだが……そこはご愛嬌。
そのことを知らないカナは、歯を食いしばり──叫ぶ。
「あなたに……あなたに何が分かると言うんですか!」
「何度も言ったではないか、知らんと。俺に分かるのはせいぜい、カナがその導きの力を使っていないことぐらいだ」
「っ! どうしてそれを……」
「同種の力を有しているからな。貴様は友愛の先導者、俺は……無数の理の先導者。先達として教えてやろう、紛れもなくそれは貴様の在り様が生みだしたもの。選択そのものは間違っていなかったのだよ」
シュリュの持つ<元劉帝>。
本来の十全たる<劉帝>は、彼女曰く簒奪の証であり導きの結果だという。
彼女の導きは『覇道』。
友愛とは違い物々しいそれは、彼女の歩む道を血みどろ色に染め上げた。
そして、その証は他にもある。
それこそが彼女の就く<武芸覇者>、覇の理を抱いた武芸者に与えられた力。
彼女もまた、友愛の名を冠した術法を会得している。
それゆえに、彼女は彼女であることを示す術を知っていた。
「みんな……アレを使います」
『カナ、本当に?』
「ごめんなさい。わたしに覚悟が無くて、これまで一度も使っていませんでした……それでも、今回だけは!」
『……いいわよ。わたしたちはカナのじゅうま、それいじょうにカナといっしょにいたいおともだちよ。だから、あのいまいましいおとこをぶっとばしちゃいなさい!』
酷い言われようだが、今はただ黙って聞いているだけに留める。
覚悟を決めたカナは、いったん従魔たちとの融合を解除した。
「ふむ、降参をする気になったか?」
「……これから使う能力は、まだ一度も使用したことがありません。テキストを見ただけですので、わたし自身がどうなるかも不明です。ただ、魔王さんにも負けない力が手に入ると思います」
「そんな力があるのか。ならばなぜ、これまで使ってこなかったのだ? まさか……俺程度ならば、加減した力でも充分と驕っていたのか?」
「違います。わたしはみんなの期待に報いることができない……ずっとそう思っていますし、今も思っています。それでも、全力を出さねば魔王さんには勝てません」
無茶を通してでもやりたいことがある。
その結果が、イチかバチかの賭けというわけだ……うんうん、実に好ましい。
「好きにしろ。把握しているとは思うが、向こうの戦いももう間もなく終わりを迎える。その後でも前でも構わん、勝てると踏んだならばいつでも掛かってこい」
「魔王さんは……」
「ん?」
「……いえ、何でもありません。たとえどのようなお考えがあろうと、その時間はハークさんが稼いでくれたもの。勝ってそれが無駄ではなかったと、証明してみます!」
彼女は何かを準備を始める。
その全貌を理解することはできないし、今は知りたいと思わない。
高まる魔力が漏れ出し、俺の感知能力がその量が眷属たちに匹敵すると教えてくれた。
もう必要ないだろう、そう感じて死ぬ危険のある[アズルジャア]を帰還させる。
カナもそんな些細なことは気にせず、ただ自分の世界に深く潜っていた。
大きく深呼吸をして、準備の終わり……そして最後の戦いの始まりを告げる。
「──“友愛托生”!」
鑑定眼が映し出すのは、一気に増大する彼女のステータス。
それは俺の終焉の島転移前の数値を軽々と超え、五桁……六桁へ到達していた。
生を託す、それが召喚士と違う調教師としての極み。
……非常に厄介だな、だがこれを潰せば俺の勝ちが確定する。
──戦闘終了まで、あと180秒。
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