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偽善者と渡航イベント 三十月目
偽善者と渡航イベント後篇 その08
しおりを挟む天候も海上も、荒れに荒れている。
人工的に生みだしたこの状況の中、俺たちの船『アンノウン』は突き進む。
目的地は、クランメンバーである眷属たちが見つけた島。
そこで更なるヒントを見つけて、目的地である次の島を見つけなければならない。
「お兄ちゃん、このお船速いね!」
「そうだろうそうだろう! よし、アルカ加速してくれ!」
「するわけないでしょ……オブリ、風と水の精霊にお手伝いを頼んでくれるかしら?」
「はーい!」
俺が周囲の環境を弄り、アルカが船とその航路を調整する役割。
そこに補助役として、妖精族の祈念者の少女オブリが参加することに。
「風の妖精さん、水の精霊さん。みんな、手伝って──“精指揮棒”!」
彼女の手に握られる、キラキラとエフェクトを散らす指揮棒。
そこに集うように周囲から精霊が集まり、彼女が振るう指揮棒に合わせて動き出す。
風の精霊は帆を押すだけでなく、船を軽くして進む速度を上げてくれる。
水の精霊は海流の速度と荒れを調整し、降り注ぐ雨から船体を防いでいた。
それらはすべて、オブリがやってほしいと考えたから行われている。
意思が薄弱な彼らなので、より明確な意志で伝えないと望んだ通りには動かない。
だからこそ、オブリがそれをできていることがとても喜ばしく思える。
人に優しくできるオブリだからこそ、精霊たちも強く応えているんだろうな……と。
「アルカ、アレできるか?」
「強引に捻じ伏せるならともかく、賛同させるのは無理ね。そっちは?」
「俺も。百歩譲って、人造精霊が有りならそれもできるだろうが……天然ものに手伝わせるのは不可能だな」
「アンタの場合、邪縛もあるんでしょうけどね。人造精霊って、そもそも何よ」
人に広めると我が家の精霊担当ユラルさんが怒るので、そこはどうにか誤魔化した。
……それにアルカの場合、興味さえ持てば勝手に真実に辿り着くだろう。
「…………」
「どうしたの?」
「置き土産……かな。ちょっと見てくる、また防御の方を頼む」
「そう、なら早く戻ってきなさいよ」
魔導で周囲を覆っているので、その範囲内で起きたことは大抵把握可能だ。
そんな領域内に、船が入ってきた……その確認に行くつもりである。
「まず飛べる奴を選ぶ……って、そういえばうちは飛べるヤツばっかりだったな。一人を除けば」
「師匠ひどっ!?」
「おおっ、唯一の飛べないヤツ。これから外の様子を見に行ってくるけど、留守番をしっかりとやっておいてくれよ」
「……空中ジャンプだったらできるのに」
うん、ユウは光系統の魔法は持っているけど、他はからっきしだしな。
後の奴らは自前の翼を生やせるか、もしくは召喚獣に乗れば移動できるし……。
しょげているユウはアルカに任せて、今回のミッションに応じてくれそうなメンバーを探してみる。
「ペルソナ、シャイン。ちょっと手伝ってほしいことがあるんだが……」
「なんなりと!」
《えっと、なんでしょうか?》
「空飛んで外の様子を見に行くから、ついてきてほしいんだ。無理強いはしないが……どうだ?」
二人とも、大して迷わず頷いてくれた……いや、シャインは途中で振ってたけど。
そうと決まればさっそく出発、それぞれの方法で空を飛ぶ手段を確保する。
「──“闇迅翼”!」
《──“天魔翼生成”!》
「俺はどうするかな……まあ、あるものを使えばいいか」
あるもの、とは縛りで得たスキルのこと。
選択肢が多すぎるので、何かしらの条件検索でもしないと減らないのだ。
がしかし、今の俺には海を渡るためのスキルがほとんどなかった。
しいて挙げるなら魔術だが……もう少し、できる幅を増やしておきたい。
「となると、強行突破一択か。こうなったらやってやらぁ!」
《耐久走、駆足、怪力、剛筋、身体強化、体幹、軽業、歩行、身力操作、脚力強化、細胞活性、駈足、平衡、俊足、豪力、健脚、血管強化、内臓強化、呼吸、跳躍》
「おおっ、さすがはご主人様!」
《え、えっと……あの……》
「何をしている、俺たちも速く行くぞ!」
右足を海に乗せ、沈む前に左足に替えては右足を……そうして繰り返し繰り返し、ひたすら強化された足腰で走り抜ける。
今が正式なノゾムモードじゃないのが残念なほど、何かしらのスキルが手に入りそうな移動方法──つまり水上走りで海を爆走することにしてみた。
「あっはははははは! マジでいい、これ最高だな! 走っている間は何も考えなくていいから超楽しいや!」
人間、一つのことに没頭している間は他のことに意識が回らなくなる。
普段から並列した思考を張り巡らせているが、これに集中しているのは主思考のみ。
だからこそ、純粋に『俺』という自己を示していられる。
……何より、こうして走り抜けるのは子供だってできることだしな。
《なんだかとっても楽しそう》
『ご主人様と同じことができれば……くっ、今からでも切り替えるべきか?』
《危ないから止めた方がいいですよ。それにメルスさん、一人の方がいいかもしれませんし。シャインさん、ずっと黙って後ろから付いていけますか?》
『うぐっ……仕方ない。ならば、ご主人様のご命令通り先に進もうか!』
大荒れの天候だが、シャインが魔力を籠めて会話をしていたので内容が聞こえてくる。
ペルソナの念話も、彼女が意図してなのか俺にも伝わってきた。
メインの意識は有頂天だが、こうして真面目な思考もできる。
……どうやら、ペルソナに気を使わせてしまっているみたいだ。
「なら、そのお心遣いに感謝して走らせてもらおうかな!」
それはそれとして、テンションを上げている俺はそのまま走り続ける。
リミットは{感情}で強制リセットさせられるまで……もう少しぐらい、楽しみたい。
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