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偽善者と渡航イベント 三十月目

偽善者と渡航イベント中篇 その18

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 だいぶ話が逸れていたが、俺たちがしているのは釣りだ。
 お嬢さんの竿にようやく魚が反応し、会話ではなく釣りを行う。

 俺も口で指示はしたが、結局彼女は一人で釣り上げた。
 ピチピチと暴れるスズキのような魚を持ち上げ、ジッと見て一言。


「……初めて釣ったわ」

「どうだ、感想は?」

「結構臭うわ。調理された魚は、こんな臭いしないのに」

「そりゃあ、料理人が頑張って臭いを消してくれているからだな。こっちの世界だと、魔物の素材でお手軽にやったり、魔法で消したりできるから便利だぞ」


 もちろん、香草などを使って下処理をするというのがベストなんだけども。
 料理系のスキルや職業能力でも、臭いは直接処理ではなく時間短縮での間接処理だ。

 魔物の素材も一級品なら、もちろん普通にやるよりも臭いは消せる。
 だが、そんなに効果があるモノは高い……それはどの世界でも同じことだ。


「さて、お嬢さん。とりあえず一匹釣り上げたわけだが……どうだ?」

「どう、とはどういうこと?」

「楽しいか、はどうでもいいか。このまま無駄に時間を潰したいかだな。話もしたし、もうすっきりしたなら帰ればいい。別にずっと付き合ってもらいたいわけでもない。釣りをするって目的は果たせたし……どうだ?」

「そうね……」


 話をして分かったのは、本来の彼女がとても高貴で忙しい人であること。
 自由を求めることからも、それを制限する何者かが彼女を探しているはずだ。

 偽善者的に、両方にいい顔をするならこのタイミングで返すべきだろう。
 彼女から何か求められたわけじゃない、そして向こうに何か頼まれる可能性があるし。

 ──その答えは、歌と共に送られてくる。

 鼻歌ではなく、今度はハミング……それだけなのに、これまでよりも数段心に響くような歌になっていた。


「お嬢さんは、歌が上手いな……」

「……本当に、ワタシを知らないのね」

「お嬢さんが歌手でもただの歌が好きな女の子でも、俺としてはどっちでもいいからな。どっちでも、お嬢さんが上手く歌ってくれていることに変わりはないんだから」

「そう。なら、気楽に聞いてちょうだい。人生相談、それと釣りを教えてくれたお礼に歌うわ──『お兄さんへ』」


 歌魔法は決められた曲しか歌うことができないのだが、詩人系の職業に就く者ならば、オリジナルの曲を歌うことができる。

 普通は、事前に歌詞や楽譜を用意したうえで歌う物なのだろうが……間違いなく、先ほど鼻歌で奏でていたものに歌詞を付けて、彼女は歌っていた。

 この世界の歌には、バフが宿る。
 彼女の『お兄さんへ』にも、いくつかのバフが載せられていた。


「釣りの成功率向上と補正、それに大型の魚が釣れやすくなるのか……」

「──♪ どう、なかなかでしょう?」

「ああ、とてもいい曲だったよ。俺のために歌ってくれてありがとう」

「……お礼は要らないわ」


 うーん、たしかに凄いバフだ。
 気配を探知してみたが、魚の中ではかなりの大物が今にも俺のルアーに喰らい付こうとしていた。

 ──なので俺は、竿を引き上げる。


「悪いけど、お嬢さん。しばらく釣りは中止にしよう」

「ど、どうして? だって、今ならお兄さんでも魚が釣れる──」

「俺は釣りを、暇潰しにしていただけだからな。魚が釣りたかったんじゃなくて、釣りをしているという名分で、時間が経つのを待ちたかっただけだ。お嬢さんの歌はたしかに最高だったが……バフが欲しいわけじゃない」


 何やら酷く動揺しているのだが、まあ俺みたいな奴は珍しいのだろう。
 歌のバフは他のものと重ならないので、とても便利な扱いをされている。

 問題は望んだバフをオリジナルの曲で付けづらいのに、基本の曲だと大して望まれたバフを付けることができないという点……お嬢さんの凄さが改めて分かるだろう。

 今回の歌、完全に俺が望むようなバフを的確に付与しているのだ。
 しかも即席で、まさに神業といっても過言ではないはず。

 なので基本、彼女の歌が好きでも嫌いでもバフは受け取るものだろう。
 だが、俺は違う……打算もあるがそれ以上に、あることに気づいたから。


「お嬢さん。お前さん、歌ったらもう帰ろうとしたか?」

「そう……ね、これからお兄さんは忙しくなるはずだったもの」

「忙しくなりたくはないんだ。やっぱり、これで良かった……ちなみにお嬢さん、この後ご予定は?」

「な、無いわよ?」


 なんでそんなことを? そう言わんばかりの彼女に改めて問う。


「俺は魚が釣れなくて、暇で暇で仕方がないからな。誰かがいっしょに居て、話をしたり歌を聞かせてくれれば楽しくできる……それこそ、バフなんて打算の無い、鼻歌交じりの楽しそうな曲をな」

「……お兄さん」

「ん? どうした」

「いろいろとカッコイイ風に言ったのかもしれないけど……あまり、心惹かれるお誘いではないわね」


 ああ……えっと、まあうん。
 俺は凡人なので、そこまで言葉のセンスは無いからな。

 眷属たちにそういった言動を求められる場合もあるが、彼女たちは基本的に俺が羞恥心でいっぱいになりそうな発言をすればいろんな意味で満足気にする。


「……でも、もう少しここで歌いたくなったわ。お兄さん、隣でいいかしら?」

「ああ、ぜひとも」


 そんなこんなで、もう少しほど俺たちの時間は続いていく。
 しかし、時間は確実に過ぎていくので──すべてがそのままというわけにはいかない。


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