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偽善者と渡航イベント 三十月目

偽善者と渡航イベント中篇 その10

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 ──そして、船は旅立った。

 目的地は、事前に先遣隊が誘導をしてくれたスタート地点である浜辺。
 すでにそこでは戦いが繰り広げられ、何隻もの船が沈んでいる。

 俺たちのクラン[エニアグラム]もまた、そこに船を向かわせていた。
 ちなみに船の名前は『オクターブ』、音楽用語でもあるその名を冠している。

 理由はまあ、[エニアグラム]に関係した用語だからだな。
 ともあれ、そんなこんなで[シーノウン]に挑むため、船は浜辺を目指している。


「──というのが、向こう側なわけだ」

「……あっちは盛り上がる王道バトル物、片やこっちは暗躍ダークファンタジーってところかしら?」

「まあ、やることがやることだしな。改めて思うけど、こっちで良かったのか?」


 俺の乗る船は、そんな決戦の地には向かわず別の場所を目指していた。
 即席で造った船、名前は『01』に乗る眷属はごく僅か。

 それでも俺の提案に賛同し、彼女たちは応えてくれた。
 もちろん向こうに行く側の眷属も、そちらに人員が必要だからこそのそちら行きだ。


「ティンス、イア、それにペルソナ。お前たち三人に加えて、傭兵を数人で向かう今回の作戦。何か質問はあるか?」

「いろいろ訊きたいけど……その傭兵って、いったいどこにいるのよ? 船の中を探したけど、全然いないじゃない。あと、この船の中身は詐欺よ」

「一つずつ答えるぞ。傭兵は隠れている、見つからないのは見つけられないようにしてあるから。船は造船所の技術を応用して拡張しただけだから、そこまで広くないだろ」

《かなり広いですし、いろいろな施設もありましたよね? メルスさんって、結構凝るタイプですか?》


 他の眷属たちが乗っている『オクターブ』は外見も内部も戦艦といった感じだ。
 ティンスとオブリが見つけた船大工、造船所、素材などが組み合わさって強化された。

 だが俺たちが乗っているのは、個人で所有するクルーザーといった感じだろう。
 しかし、俺がさまざまな改造を施し、内部だけは豪華客船レベルまで昇華してある。

 ペルソナが語った通り、多少の娯楽施設まで組み込んだのは俺が凝り性だから。
 ……けどさあ、潮でべた付いたら体をお湯で洗い流したいだろう?


「まあな。自由に使っていいぞ、そのために用意したわけだし。浜辺と違って、目的地までは時間が掛かる……それまでは好きにしてくれていい」


 この船はイベントで使うためのものではなく、あくまでも移動用。
 操縦から何から何まで、俺が複数体召喚した『人形ドール』たちがやっている。

 彼女たちが暇そうにしているのも、この後のために温存させるためなんだけどな。


「……こんななら、途中まではあっちで参加していた方が良かったんじゃないの?」

「目的地は分かっているけど、たぶんその途中で見つけられると思うんだよ。それを潰すための船なわけだし」

「なら、メルスだけでも良かったんじゃ?」

「おいおい、それを言ったらおしまいだぞ。さすがにそれだと誰も得しないから、誰か来てくれって言ったんだからな」


 いちおう他にも俺たちと同じことをする集団はいるのだが、こちら側では俺たちが先遣隊ということになっている。

 死んでもいい[シーノウン]戦と違い、こちらは一発勝負。
 ナックルが交渉して、合図とともにこちらで仕込んだポータルで来てもらうことに。

 実力を信じていないわけじゃないが、今回のPKはだいぶ支援されているからな。
 絶対という保証もないわけなので、念には念を入れている。


「──。ああ、状況が変わった。みんな、暇なら戦ってみるか?」

「……ってことはもしかして?」

「さっき見張りの人形から連絡が入った。どうやら来たみたいだぞ──海賊がな」


  ◆   □   ◆   □   ◆


 海賊と言えば、やはり船を襲ってお宝を略奪するイメージが強いだろう。
 それは間違いなく犯罪で、この世界ならば業値が増加する行いだ。

 しかしながら、今回のイベントにおいて略奪行為が一時的に許可されている。
 さながら戦時中の私掠船のように、PKのみがそれを行う。


「俺たちができるのは反撃だけだ。必ず相手が牽制で一発撃ってきてからじゃないと、正当防衛として判定されないからな」


 業値のスペシャリストであるユウにも、それは確認してある。
 来てもらいたかったが、向こうにも潜んでいるみたいなので、そちらを任せておいた。


「とりあえず、今の俺たちの役は抜け駆けをしようとしているバカな祈念者だ。船の方はどうとでもなるから、とりあえず乗り込まれるぐらいまでは反撃を緩めてくれ」

「ええ、ルビーたちも抑えておくわ」

「それで頼む。ペルソナ、悪いが少しの間だけ鎧は外しておいてくれ。相手を警戒させないためにも、一先ずは非戦闘態勢だ」

《分かりました》


 魔力で創られた鎧を解除した彼女は、その顔にすぐさま仮面を装着する。
 他にも鎧生成のスキル以外で、発育などの容姿を弄っている……身バレ厳禁だからな。

 その危険があっても鎧を外してくれているのは、少しは心を許してもらっている証拠なのかもしれない。

 改めてそのことに気づき、ほっこりしたりしながらも……海賊船を演じるPKたちの砲撃を受け、正当防衛を始めるのだった。


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