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偽善者と渡航イベント 三十月目

偽善者と渡航イベント中篇 その05

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 俺がアンと共に迷宮攻略を終え、海湾都市へ帰還して分かったこと。


「──そうか……準備が終わったのか」

「メルス、もしかして何か知ってるの……というか、知ってたの?」

「何度も言っただろう? 船ができれば無敵状態じゃなくなるって……そうなれば、少しばかりイメチェンぐらいするさ」


 これまで触手を伸ばし、船の墓場で暴れていた海のユニーク種[シーノウン]。
 それが今、海湾都市のどこからで観れるほどに姿を現していた。

 さまざまな形状になれるはずだが、現在は触手に合わせてクラーケン──イカとタコが混ざったような巨大生物──の姿で浅瀬を占有している。

 改めてその情報を、造船所に居たティンスから聞いた俺は、これまでの話とこれからの話をする。


「ああして出てきたのは、祈念者がとりあえずイベントを本格的に始めることができた合図ってわけだな。あとは最初だけでも協力してアイツを倒せば、大航海時代の始まりだ」

「……でも、そんなにすぐに倒せるの?」

「なわけないだろ。相手はユニーク種、それも海の持つ恐怖に特化した存在と言っても過言じゃない。船は壊れ、乗員は暴れ、海は荒れ狂う……おっと、まあ何はともあれ、倒すのは一苦労ってことだ」

「そうでしょうね。まあ、ユニーク種の特典が貰えるかもしれないんだから、参加者はゼロじゃないんでしょうけど……せっかく用意した船を壊される可能性まであって、わざわざ全部の船が挑むのかしら?」


 ティンスの懸念通り、さすがにすべての船が率先して挑むわけじゃないだろう。
 いくら景品がいいからと言って、後に影響が出る今回の戦いは利益が少ない。

 基本的にユニーク種の特典アイテムは、その存在に由来したものとなる。
 今回の[シーノウン]であれば、間違いなく水場じゃなければ使えないだろう。

 つまり、普段陸でばかり戦う奴らには全然使えないアイテムになるわけだな。
 まあ、普通の部位もドロップするだろうから、まったく無いとは言えないけど。

 少なくとも、一番活躍したヤツが貰える特典に関しては間違いなくそうだ。
 ……一つしか無いという点もまた、問題になりそうだけども。


「大手のクランは複数船があるだろうし、やる気のある奴らは大半が参加するだろう。一度倒せばいろいろと簡単になるし、できることも増える。あと、これが一番の理由になると思うんだが……」

「なんで溜めるのよ……一番の理由って?」

「失う物はたしかにある。だが、結局やり直しができるって意識はあるんだ。そもそもイベントに参加しているんだから、こういうことも覚悟の上なんだろうよ」

「まあ、それはそうでしょうね。全祈念者が同一サーバーでやっているんだし、何百万って数が参加しているんだもの。多少不参加のヤツが居ても困らないわね」


 なお、もしやる気のない奴らばかりなら、そのときは俺がなんとかする気だったけど。
 方法は簡単、船を無償提供すると言えば、そういう奴らも動くだろう。

 該当者たちはやる気がないわけではなく、自分が損をすることが嫌なだけだしな。
 肉体は死に戻りでリセットだからいいとして、船は失ったら作り直しだ。

 なのでその部分だけどうにかすれば、彼らは何も失わない。
 ……まあ、必要なさそうなので、別の使い方に回しておこう。


「人数がたくさん居ても、それを乗せる船の方が足りないから大変だろうけど。まずは戦いやすい場所──魔法とか武技が届く範囲に誘い込まないとな」


 思いつくのはスタート地点である浜辺。
 あそこはイメージ的に『U』みたいな形をしているので、頑張れば普通にここで戦うよりは多くの人数を集められるだろう。

 これは後で相談だな……うん、まあ後でやることにして。


「ティンス、お前はどうする? これまで防いでいた時と違って、攻撃が通用するからストレス発散にはなると思うけど」

「ええ、出るわよ。せっかく船があって、戦うだけの武器も用意できている。なら、参加しないわけないじゃない」

「そういうものか? まあ、俺も俺で何かしらの形で参加するよ」

「……私たちといっしょじゃないのね?」


 確かめるように、少し心配そうにこちらを見てくる。
 少々後ろめたい気持ちにはなるが、俺なりに理由があるのだ。


「ティンス、俺には深いわけが……」

「偽善以外で、何かあるの?」

「………………。まあ、いろいろとな」

「無いわよね? それって、結局自分の都合じゃない」


 見透かされていたな。
 まあ、隠していないから当然だけども。


「怒らないのか?」

「別に。そもそも、私とオブリはメルスの偽善で救われたわけだし。そこを否定してたらこれまでの全部、否定しちゃうじゃない」

「そういうものか?」

「そういうものよ」


 第二陣として[ログイン]した初日、絡まれていたティンスとオブリ。
 俺は彼女たちに偽善を働き、眷属にしていろいろとやらせていた。

 とはいえ、そこまで細かい注文はしていないし、受けるかどうかは彼女たち次第。
 そんな感じで任せていたな……なぜか全部受けていたので、内容は吟味したけども。


「それで、お前は良かったのか?」

「さぁ……でも、少なくとも今の私は自分に満足しているわ。メルスがいろいろと、私の事情なんて気にしないで頼みごとをして。いつの間にかやりたいことも見つかったわ」

「そっか。ちなみにやりたいことって?」

「……内緒かしら」


 気になりはしたが、聞き出すのもアレなのでそれは止めておく。
 ティンスのやりたいことか……手伝えることなら、そのうち手伝ってやろう。


「さて、俺は一度ナックルの所にでも行ってみるよ。さっき確認したら、時間を確保してくれるみたいだし。ティンスも来るか?」

「……止めとくわ。アレとの戦いもあるし、準備の方を念入りにしておくわよ」

「ああ、普通に強いんだから頑張れよ」

「そっちが何をするのか分からないけど、あまり掻き乱さないでよね」


 俺が何をするのか、予測されているみたいだな……まあ残念ながら、偽善である限り俺の行動は止まらないんだけども。


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