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偽善者と渡航イベント 三十月目

偽善者と渡航イベント前篇 その19

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 ユラルが遠距離射撃を続けた結果、見事に轟雷鳥ボルテックバードは撃沈する。
 あとはゆっくり果実に近づき、この迷宮を掌握するだけで終わった。


「──さて、攻略が終わったわけだが……ここからが本題だ」

「えっと、何をするのかな?」

「この迷宮は外部から隔絶されている。だからこそ、アルカから逃げるために隠れたわけだが……普通、それってバレるよな?」

「う、うん……外の吸魔樹も全部消し炭にされているだろうし、それ以降何もしていないなら何かある、そうでなくとも迷宮に隠れているかもって考えるよね」


 アルカならそういうことを考える。
 少なくとも、俺が自分の目を掻い潜って逃げたという考えはない……それは彼女が愚者だからではなく、完全に理解しているから。

 実際、俺もアルカ相手にいっさいの痕跡を残さずに逃げるというのは難しい。
 仮にできたとしても、それは俺だけの力ではなく眷属の助力が必須だ。

 その場合、アルカは俺に勝てないと今は考えているので諦めるだろう。
 しかし俺がそれをしないことを知っているので、反応が無いことを迷宮に結びつける。


「というわけで、ここの樹を伐り落として強制排出されます」

「……えっ? なんで、それだと逃げられることになるの?」

「ペナルティだな。イベント中、迷宮で問題行動を起こすと強引に外に出される。けど、また入れないように海湾都市に送られるって設定になっているんだ」

「なるほど……メルスンたちがイベント中だからこそ、できる作戦なんだね」


 迷宮に仕込まれた法則を調べていたら、共通して見受けられたことだ。
 外に出して、そのまま立ち入り禁止にしないのは……外にも祈念者が居るからだな。

 そうなれば、逃げることもできずにPKされてしまう可能性が生まれる。
 なのでそれは自己責任にするため、あえてちゃんと逃がしているのだ。


「ふむふむ、メルスンがやりたいことは理解したよ。でも……この樹をどうやって倒すのかって問題は残っているよね?」

「とりあえず確認するけど、ユラル独りでどうにかするってことはできないか?」

「……ちょっと難しいかも。最初に言ったけど、これは樹だけど迷宮だから。干渉して、どうこうするってのは無理だね」

「となると、強引にぶっ壊してどうにかするしかないな。普通なら『断界斧』を使えば一瞬だけど、今は使わない縛りみたいなものだからなー」


 俺の持つ神器が一振り。
 ありとあらゆる物を断ち切る、それは次元だって含まれている……なんてチート武器も使わない縛りをやっているので今回は無し。

 なので今回は別の方法を、と考えてもさして思い浮かばない。
 ノアを呼んで集中砲火……なら可能だろうけど、それだとなぁ。


「できるだけ、素材を集められる方法で倒すのが一番だよな。ユラルが丸裸にできれば、それが一番だったんだが……さて、どうやって干渉するか」


 俺自身の力を使っても、迷宮そのものに多大なダメージを出すのは難しい。
 ましてこの迷宮、地脈から膨大な力を吸い上げている……という設定のようだ。

 要するに他の迷宮よりも、再生速度が速くなっている。
 なのでやるなら一撃、ただし幹を圧し折るレベルでだ。


「うーん、どうすれば……」

「もうナースンでいいんじゃない?」

「ピンポイントでやれば、たしかにナースでもできると思うんだが……虚空魔法って、素材の劣化が著しいんだよ。虚無による侵蝕があるとかなんとかって、前に言われた」


 うちの眷属でも、ある意味最高峰の魔法を扱う幼き神霊のナース。
 彼女の使う虚空魔法であれば、並大抵のモノは無に帰すことだってできる。

 ただ、そんな魔法なので威力調整ができず間違いなく大樹に多大な被害が出てしまう。
 そうすると、俺の考えていた作戦が少しダメになりそうだからな……。


「いっそのこと、ユラルに任せるか?」

「えっ? でも、さっき難しいって……」

「精霊術師みたいに、俺が必要な分のエネルギーは供給するさ。それならユラルでも、通常以上に力が使えるだろう?」

「うーん……嫌な予感はするけど、私がやるならそれぐらい必要かな」


 本来、精霊と契約者はそういったことをする間柄である。
 精霊も精霊で、魔力を成長の糧にすることができるので、相互に益のある関係なのだ。


「じゃあ、神気も注ぐから固有スキルをいっしょに使ってくれ」

「うぅ……そんな気がしてたよ」

「なんだか俺の供給って、やけに嫌がられるからな。ちゃんと緻密な操作で、ゆっくりと注ぐから安心してくれ」

「だ、だから、それがダメだって……!」


 ゆっくり丁寧に、神眼で許容限界を確認しながら神気を注いでいく。
 実はすでに何度かやっているので、初期に比べてだいぶ通しやすくなっていた。

 昔は痛みに耐える感じだったが、今はなんだか別のものに耐えるって感じになっている気がする……苦しまないように、俺も気を付けて注いでいるつもりなんだが。

 やがて、ユラルの限界まで神気を注ぎ終えると、彼女から手を離す。
 なぜか荒い息を吐き、顔を紅潮させる彼女からすっと目を逸らした。

 ……また失敗したみたいだ。
 まあ、それでも必要な分のエネルギーは供給したし、これでなんとかなるだろう。


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