上 下
1,880 / 2,518
偽善者と渡航イベント 三十月目

偽善者と渡航イベント前篇 その11

しおりを挟む


 俺とティンスの関係、それは『主と眷属』という形で固定されている。
 本来交わらなかったであろう繋がり、だからこそこれまではさして気にせずにいた。

 だが、改めて眷属たちと話す機会を得て考えてみると……案外謎である。

 ユウは師弟、アルカはライバル、オブリなら義兄妹という風にある程度定まっていた。
 ……シャインやクラーレならいちおう主従など、まあそれでも決まっている。

 そして、自由民の眷属の場合は全員との関係性をもう互いに了承していた。
 祈念者の眷属と違って接する機会が多いからこそ、一人ひとりとじっくり決めている。

 だがティンス……そしてイア、ペルソナ、今回はいっしょに行動しないノロジーとセイラなどはそういった関係は築いていない。

 ……ある意味、必要性を感じていなかったというのもあるだろう。
 俺と彼女たちは同じ世界に[ログイン]していながら、その『深度』が違うのだから。


「──私と、メルスの関係?」


 だからこそ、せっかくなのでこの機会に決めておきたかった。
 きょとんとしているティンスに、もう少しだけ説明する。


「深く考えなくていいぞ。オブリが年下で俺が男だから『お兄ちゃん』って呼んでくれているんだし、それと同じ感じでいいぞ」

「ふーん、ならお兄ちゃんって呼んだ方がいいのかしら?」

「……顔を背けたくなるぐらいなら、最初から言わなくていいだろうに」


 俺より年下らしいティンスなので、いちおうの条件は満たしているんだけどな。
 だがまあ、お年頃な少女がいきなりその呼び方はきついだろう。


「…………どう呼んでも、怒らない?」

「うーん、ご主人様とかは無しで」

「そういうのじゃなくて……先輩、は?」

「先輩か……まあ、たしかに妥当だな」


 現実世界で呼ばれたことは無かったな。
 少なくとも俺個人を指定した先輩という呼称は聞いたことが無い気がする。


「ほら、メルスは第一陣だったし、いろんなことを教えてくれた。なら、この呼び方……何を教わったのかしら?」

「正直、何も教えてない気がするぞ。お前もオブリも、眷属にして装備を渡したら指令とか言ってメンバー探しをしてもらったし」

「結局、誰も見つけられなかったけどね」

「そういえばそうだな。まあ、呼び方に関してはそういう先輩もいるかもしれないし……うん、別にいいかもしれないな」


 学生生活……なんだか物凄く懐かしい響きだが、後輩に先輩らしいことした経験など一度も無かった。

 この世界でもそれは変わらない。
 俺は偽善をしているだけなので、そういう間柄が無くとも求める奴には大抵の知識や経験を与えていたからな。

 ティンスにとって俺は先輩、俺にとっても彼女は後輩……なんだろうか?
 第二陣なのは間違いないし、何より彼女自身が望むなら……応えるのが偽善者だな。


「なら、これからはメルス先輩って呼べばいいのね……なんだか慣れないわ」

「ならやっぱり、メルスでいいよ。先輩を呼び捨てにするところもあるって聞いたことがあるし、そもそも今までの呼び方に慣れてくれているなら、それで構わんよ。過去を否定したかったわけじゃないし」

「心の中ででも、言っておいてあげるわ。改めてよろしく、メルス」

「ああ、こっちこそだよティンス。しかし先輩後輩らしいことか……パシりとかか?」


 その後、ティンスがどういった反応をしたかは言うまでもなかろう。
 オブリが戻ってこなければ、どうなっていたことやら。


  ◆   □   ◆   □   ◆


「う~ん、見つからなかったぁ……」

「ははっ、残念だったなオブリ。まあ、ここからは俺たちに任せろ」


 オブリを主導として行ったおつかいクエストは、残念ながらギブアップとなった。
 ほぼノーヒントだからな、妖精族由来の宝石が付いた指輪、という情報しか無いし。

 なので最初から一定時間が経過したら、オブリの正法ではなくありとあらゆる手段を用いて探すことにしていた。

 これはオブリとティンスだけのクエストではなく、クラン全体に繋がるものだからな。
 理由をしっかりと話すと、オブリも納得したうえで張り切っていた。


「そうね。私は前に出てるから、メルスはオブリと話しながらゆっくり来なさい」

「あいよ、そうしてますよ。オブリ、肩車でもしてやろうか?」

「……どうして?」

「うーん、なんとなくだな。それと、俺が一度やってみたかったというのもある」


 八割本当のことを言うと、オブリは屈んだ俺の首に股を乗せる。
 ……俺の方は【色欲】が倫理コードを無効化しているが、オブリはどうなんだろう?

 なんてことを不安に思いながら、何もないことにホッと一息ついてから起き上がった。


「うわぁ……」

「自分で飛ぶのとは、また別の感覚だろ? 現実世界でやったことがあるかは知らないけど、こうふわっとした感じがあるはずだ」

「うん、大きくなったみたい!」

「オブリが飽きるまでは、しばらくこうしていようか。せっかくだし、このまま少しだけ話がしたいし」


 その間、黒の魔本を片手で弄り、従魔を街に派遣して指輪を探させている。
 そして腕に着けた魔術デバイスを使って、探し物用の魔術を起動した。


「──『失物探索ロストボンド』っと。よし、じゃあ何から話そうか? うーん、ノリで言ったから特に決めてないな……」

「なら、私からいいかな? お兄ちゃんに聞いてもらいたいこと、いーっぱいあるの!」

「そうか……なら、教えてくれ。俺もオブリがどんなことをしたのか知りたい」

「うん! あのね、この間のことなんだけどね──」


 まあ、それからオブリの話を肩車をしながら聞くことになる。
 とっても楽しそうな彼女の笑みを見て、俺もまたほっこりするのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

DPO~拳士は不遇職だけど武術の心得があれば問題ないよね?

破滅
ファンタジー
2180年1月14日DPOドリームポッシビリティーオンラインという完全没入型VRMMORPGが発売された。 そのゲームは五感を完全に再現し広大なフィールドと高度なグラフィック現実としか思えないほどリアルを追求したゲームであった。 無限に存在する職業やスキルそれはキャラクター1人1人が自分に合ったものを選んで始めることができる そんな中、神崎翔は不遇職と言われる拳士を選んでDPOを始めた… 表紙のイラストを書いてくれたそらはさんと イラストのurlになります 作品へのリンク(https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=43088028)

虚弱生産士は今日も死ぬ ―小さな望みは世界を救いました―

山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。 Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。 最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!? ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。 はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切) 1話約1000文字です 01章――バトル無し・下準備回 02章――冒険の始まり・死に続ける 03章――『超越者』・騎士の国へ 04章――森の守護獣・イベント参加 05章――ダンジョン・未知との遭遇 06章──仙人の街・帝国の進撃 07章──強さを求めて・錬金の王 08章──魔族の侵略・魔王との邂逅 09章──匠天の証明・眠る機械龍 10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女 11章──アンヤク・封じられし人形 12章──獣人の都・蔓延る闘争 13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者 14章──天の集い・北の果て 15章──刀の王様・眠れる妖精 16章──腕輪祭り・悪鬼騒動 17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕 18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王 19章──剋服の試練・ギルド問題 20章──五州騒動・迷宮イベント 21章──VS戦乙女・就職活動 22章──休日開放・家族冒険 23章──千■万■・■■の主(予定) タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

俺と異世界とチャットアプリ

山田 武
ファンタジー
異世界召喚された主人公──朝政は与えられるチートとして異世界でのチャットアプリの使用許可を得た。 右も左も分からない異世界を、友人たち(異世界経験者)の助言を元に乗り越えていく。 頼れるモノはチートなスマホ(チャットアプリ限定)、そして友人から習った技術や知恵のみ。 レベルアップ不可、通常方法でのスキル習得・成長不可、異世界語翻訳スキル剥奪などなど……襲い掛かるはデメリットの数々(ほとんど無自覚)。 絶対不変な業を背負う少年が送る、それ故に異常な異世界ライフの始まりです。

モノ作りに没頭していたら、いつの間にかトッププレイヤーになっていた件

こばやん2号
ファンタジー
高校一年生の夏休み、既に宿題を終えた山田彰(やまだあきら)は、美人で巨乳な幼馴染の森杉保奈美(もりすぎほなみ)にとあるゲームを一緒にやらないかと誘われる。 だが、あるトラウマから彼女と一緒にゲームをすることを断った彰だったが、そのゲームが自分の好きなクラフト系のゲームであることに気付いた。 好きなジャンルのゲームという誘惑に勝てず、保奈美には内緒でゲームを始めてみると、あれよあれよという間にトッププレイヤーとして認知されてしまっていた。 これは、ずっと一人でプレイしてきたクラフト系ゲーマーが、多人数参加型のオンラインゲームに参加した結果どうなるのかと描いた無自覚系やらかしVRMMO物語である。 ※更新頻度は不定期ですが、よければどうぞ

VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?

ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚 そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

処理中です...