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偽善者と裏切る者 二十九月目
偽善者と魔族前線基地 その03
しおりを挟むというわけで、イケメンの隊長は真剣勝負にルール変更を宣言した。
何度目だろうか、歓声を上げる周囲の魔族たちが求めるのは惨劇だろう。
要するに、俺が血を噴水のように出して悲鳴や苦痛に絶叫する光景が見たいのだ。
そして、その声に応えるように──隊長は他の魔族に命令して剣を運ばせてきた。
「……そういえば、あのときの隊長は剣を下げていたな」
「ふむ、覚えていたか。そうだ、先ほどまではある程度ハンデを付けてやっていたが……もう要らないだろう」
「そうだな。ならばこちらも、ガイストの名に恥じぬ力を、振るわせていただこうではないか──“邪霊創造”」
通常の霊体系のアンデッドへ、さらに邪としての力を注ぎ込んで生み出す魔法。
今回生みだした『呪動器』も、その効果によってさらに強化……狂化された。
「剣一本、共に対等ではないか……さぁ、舞い踊ろう」
「ただの死霊術師ではない、剣技も身に着けているのだろう。同じような技が、通用するとは思うな」
「当たり前だろう。そも、そんな風につまらないことはしない」
剣型の呪動器を支配して、さっそく隊長と剣戟を始める。
同時に詠唱を行いながら、隊長は怒涛の勢いで剣を振っていく。
魔族は基本、魔力が多いうえどれだけ下手な奴でも省略詠唱ぐらいはできる。
そして、こうして軍属な魔族であれば無詠唱かつ高火力の魔法を扱う。
剣と魔法、それらを一定以上の水準で行う魔法剣士タイプの隊長。
人族のように中途半端ではないそれらの技で、じわじわと俺を攻めてくる。
「──“死刃”、“拡張斬”」
「──“闇祓”、“無盾”」
放たれた死を帯びた斬撃を、祓った後に魔力の盾で防御する。
斬撃の横幅が拡張されていたので、自由性の高い無属性の魔力で防ぐ。
その際、意識的に魔力を操ることで通常の形状から斬撃に合わせて薄く延ばす。
その分だけ強度が下がるが、そこは魔力で補えばいいだけのこと。
「今度はこちらから──“失魔”」
「くっ……“死招呼声”!」
「心地いい音色だ──“悪霊騒動”」
悪戯好きな霊体たちを憑りつかせ、その集団に好き放題やらせる。
隊長は発動させようとしていた魔法が相当強かったのか、消された反動で硬直した。
すぐにそれから脱したものの、魔力の方は自然回復が必要なようですぐには魔法を発動させないでいる。
代わりに剣に精気力を注いで、霊体たちを次々と切り払っていく。
そして、その刃はやがて俺の下まで到達するのだが……。
そこは『呪動器』が自動的に俺の手を動かして、剣を次々と捌いていった。
加えて邪霊となったことで、俺と周囲からエネルギーを吸い上げる性質を持っている。
俺は邪霊にもある程度耐性を有しているので、吸われる量はごく僅か。
しかし隊長は通常通りに吸われるため、その減り具合は目に見えて速い。
「っ……!」
「ふむ、少し弱くなったのでは?」
「舐め、るな──“大切斬”!」
「そのようなつもりは無いが──“無光”」
魔力を強引に発光させ、視界を奪う。
光属性ではない光だが、目にダメージを与えること自体は可能だ。
某大佐のように叫ぶことはないが、くっと苦し気に呟く隊長にまず一満足。
そして、当初の予定を済ますためにこの一瞬を逃さない。
「──“生霊化”、“魂魄憑依”」
片方は対騎士戦でも使った魔法で、他者に魂魄型のアンデッドを憑依できる魔法。
そしてもう一つ“生霊化”とは、生きた対象を魂魄型のアンデッドに仕立てる魔法だ。
まあ、本人ならともかく、他者に使う場合は格差が無い限りは許可が必要となる。
そして今回、予め対象から了承を得たからこそソレは生霊と化して俺に憑りついた。
『──疾ッ!』
「なんだ、急に気迫が……それにこの動き、まさか!」
そう、そのまさか──騎士が現在、俺に生霊として憑りついて剣を振るっている。
出しているわけじゃない、生霊に俺が憑りつかれているだけだ。
どうやら剣技でそのことを理解したようだが、もう遅いんだよな。
苛烈に振るわれる剣への対処が、少しずつ間に合わなくなっていく。
やがて剣は、何度も魔族の体を傷つけるようになり、決定的な一撃が当たる……その直前に隊長が動く。
体内の魔力に指向性を与えず、強引に解き放つことで俺の体を吹き飛ばしたのだ。
ただし、いかに魔力の多い魔族でもこれはかなり消耗する──うん、幕引きである。
「ふざ、けるなっ!」
『……』
「貴様がどのような選択をしたのか、分かっているのか! 一時の勝利のため、人族にその身を委ねるだと!? ガイスト、貴様は狂人だ! 狂っている!」
『……言いたいことはそれだけか? 奴からの伝言だ──大いに結構、だそうだ』
いやまあ、俺としては別にこれ以外の方法で勝利しても良かったんだがな。
だが、そうやってもボロが出てしまう……なのですべてを、騎士のお陰にしたかった。
騎士も騎士で、魔族を殺せるならとこのやり方を受け入れる。
……どうせ死んでいたら、自分から悪霊にでもなって殺していたかららしい。
《とはいえ、やり方に関しては俺の指示通りにしてもらうからな》
『……分かっている』
武技も何も使わず、カツカツと歩を進めて隊長に近づく俺(騎士)。
そして、その手で握った呪いの剣を高々に掲げ──隊長の心臓を、刺し貫いた。
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