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偽善者と裏切る者 二十九月目
偽善者と大湖戦線 その12
しおりを挟む信じられない光景が目の前に広がります。
この場に居るすべての祈念者たちが、唖然とした表情でわたしと、わたしが見つめる先にある物を見ていました。
「あ、あれ……?」
少々準備をして放った“光線”。
牽制になればと思い、首長竜の心臓辺りを狙ったのですが……威力が想定以上です。
皮膚を焦がす程度だと予想していた光は、太陽の如き熱量を以ってすべてを焼き焦がしました……具体的には、首長竜の胴体には大きな穴が開いていました。
「えっ、あぁ……その……」
周りから向けられる視線に、頭がぐるぐると混乱してしまいます。
どうしようかと思っていると、ソレは突然起きました。
『やれやれ、まさかこれほどまでの者が居るとは……想定していなかったな』
その声は空から聞こえてきます。
魔力で伝達しているからか、はっきりとその言葉を認識できました。
そこには魔人族が飛んでいるように思えます……周りもそう考えているでしょう。
ですが、ごく一部の──わたしたちのパーティーはなんとなく覚えがありました。
なんだかあの魔人族、メルとして居るメルスの違和感みたいだと。
『……奴はすでに死んでいる、か。せっかく私の力を授けてやったというのに、絶望の光景を見ることもなく逝くとはな。とはいえ、一時とはいえ弟子にしたのだ。その責任は、師が取らね──』
「こ、攻撃だ!」
『むっ……?』
会話の最中ですが、この場に居るほとんどの者が対空攻撃を放っています。
大量の魔法や武技が、空に居る魔人族を襲います……が。
『愚かな。貴様らのその蛮行を賞賛し、我の言葉を拝聴させる権利をくれてやったというのに……残念だ。ならば、こうするしかないだろうな──“死体作製”』
平然と、傷一つない姿のまま攻撃を無効化した魔人族。
彼は掌を下に向けて、どす黒い魔力を地面に落とします。
その先には、先ほど倒れた首長竜が。
死亡後に粒子にならないので、解体スキル持ちが居るかと思いましたが……これが答えですね。
『さぁ、目覚めよ魔王の種よ。そして、今一度彼の者たちへ試練を課せ』
首長竜は不自然な挙動で、ゆっくりと起き上がりだしました。
虚ろな瞳が爛々と輝き、わたしたち祈念者に威圧感を放ちます。
『貴様らがすべて死んだとき、それはすべての終わりを意味する。さぁ、好きなだけ暴れろ──貴様らは【魔王】様に挑む資格を持っているのか、調べさせてもらおう』
そう言って、魔人族はこの場から突如消え去りました。
気配を探知しようとしましたが、首長竜の咆哮がそれを妨害します。
周りの祈念者たちは、首長竜との二回目の戦いを始めました。
完全なアンデッドと化したことで、凶暴性が増しています……ですが、今は放置です。
わたしだけが、あの魔人族と連絡を取ることができるのですから。
正確には、魔人族の姿に変身したまったくの別人に、ですが。
《何をしているんですか?》
《──あっ、やっぱりバレたか?》
《やっぱり……メルス、いったい何をしているんですか?》
《簡単な話だ。魔族に取り入るのに、少しばかり活躍しないといけなかったからな。祈念者が死霊術師をちょうど殺したから、俺の方で成り代わろうと思ってたんだ》
魔人族の正体はメルスでした。
どうやら事情があったようですが、そこは置いておきましょう。
《なぜ、あのようなことを?》
《……強すぎたな、アレ。クラーレの適性度が高すぎたのか、それとも普通に効果があったからかはともかく。もう一踏ん張りできることを見せないと、落選しそうだったしな》
《それだけですか?》
《いや? あのまま討伐していたら、たぶんだが揉めてただろう? 自動分配されないうえ、さっきの攻撃について質問の嵐だ。大変になってただろうさ》
……[ベネボレンス]のことだけでなく、それ以外のことも聞かれそうですね。
たしかにそれは、ひどく鬱屈になりそうな展開でした。
アンデッド化したことで、そのことに変化があるとは言いづらいですけど。
それでも、これ以降の威力を抑えれば一発切りと誤魔化せるでしょう。
《アンデッドなら、補正も出るから元の威力が低くてもある程度ダメージが出せる。抑えめでやれば、程よくいけるだろう……さて、俺も俺でもう一芝居ぐらいやっていくから》
《魔族の方との交渉ですか?》
《そうそう、その通り。あの大きさのボスをアンデッド化できる、それは結構な利点として主張できるからな。クラーレも、何かアンデッド化したい魔物が居たらいつでも言ってくれていいぞ》
《結構です》
アンデッド自体にそこまでの忌避感はありませんが、わざわざアンデッドを欲しいということではありませんし。
それに、わたしは聖職者ですし……なんというか、世間的にどうなんでしょうか。
ついでに言うと、高位の聖職者系職業は、普段から聖気を放つようになるそうです。
高位のアンデッドでも無い限り、近づくだけで浄化されてしまいますね。
……そんなことを考えていると、シガンたちが最前線から戻ってきました。
「何となく察したわ。クラーレ、その杖が理由よね?」
「はい……」
「はぁ……メル関係の物は、どうしてもこうなるわね。ボス戦限定とか、何かしらネームバリューを出して誤魔化すしかないかしら。しばらくは、抑えめでね」
「メルにもそう言われました」
アンデッドになったことで、攻撃力や痛みに強くなりましたが、その分アンデッドとしての弱点も得た首長竜です。
少し時間は掛かりますが、先ほどよりは早く終わるでしょう……すぐに倒して、メルに詰問しないと。
SIDE END
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