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偽善者と裏切る者 二十九月目
偽善者と大湖戦線 その11
しおりを挟む与えられた固有スキル【慈愛】。
それは普通のスキルとは異なり、使用者と異なる意志で能力を行使できる代行者を内包したスキルでした。
どうしてメルがそんなスキルを持っているのか、それは今さらなので気にしません。
問題は、そんなスキルの代行者と……あまり折り合いが付いていないことです。
「──来てください、[ベネボレンス]!」
光が視界を覆うと、やがて収まったそのときにはソレが宙に浮かんでいました。
装飾も何もない、ただ片手で掴みやすいだけの棒……そんな印象を残すアイテムです。
しかしそれはただの棒ではなく、代行者によって創りだされた聖具と呼ばれる代物。
わたしが握ると、先端に光の輪が無数に生みだされます……本来は、錫杖なのです。
「よろしくお願いします」
《…………》
声を掛けても、何も答えてくれません。
しかし、たしかに繋がっているような感覚はあります……語り合うまでには、まだまだ時間が掛かりそうですね。
それに、本来は呼びだすこともできていませんでした。
今回はメルの許諾があったことで、一時的に解放してくれたのでしょう。
「──“広域回復”」
錫杖に魔力を籠めて魔法を発動すると、広範囲に回復魔法が発動します。
それはいつも通りですが、問題はその射程距離──ざっと見積もって1kmです。
性能を伸ばせば射程が縮み、射程を伸ばせば性能が落ちるのが普通です……しかし、この錫杖を使えばその両方を一度に、しかもほぼノーコストで強化できました。
回復魔法の中でも、すぐに習得できるこの“広域回復”で充分に効果を発揮できます。
実際、首長竜と戦っている祈念者の生命力が一瞬で満たされました。
「……これが、【万能克復】を隠すための力なんですか。メル、隠す以上に強力過ぎではありませんか?」
強化幅は、わたしの【慈愛】適合度とシンクロしているとのこと。
今はまだ、代行者の方ともあんな感じですので……その先が、あるんですよね。
とはいえ、今はあった方が良い……むしろ無ければ乗り越えられない状況です。
最低限の魔力で支援を行いながら、着実に来るべくその時間を待ちました。
その間は、メル直伝の動いてできる瞑想と活魔スキルで魔力の回復を行います。
一定時間ごとに“広域回復”を使うだけでも、支援としては充分でした。
この場にはディオンが残り、他のメンバーは首長竜と戦っています。
そちらには追加で“持続回復”を施し、より死に戻りしないようにしておきます。
「メルの細工のせいで全然HPが減っていませんでしたが、少しずつですが減らせるようになりましたね」
「というより、いったいどうやったんだろうな……いや、メルだからと言われれば納得してしまう自信があるが」
「それはわたしもですよ。メルがどういった方法でそれを成し得たかは分かりません。ですが、しっかりと自由民の安全を約束してくれる当たりは、やっぱりメルだと思います」
「それもそうだな。うむ、周りに被害を及ぼさないことは重要だろう」
メルスとしての理由がどれだけ不純なものであったとしても、結果として自由民を守っているのですから……ええまあ、いろいろと思うところはありますが。
「おそらくですが、メルが何もしなければこの戦闘は無かったかもしれませんね」
「なに、そうなのか?」
「あの魔物自体は出現したかもしれません。ですが、少なくともこんなに早かったとは思えません。魔族との連戦にしては、少々強すぎるように思えますので」
それも含めてメルの強化ならともかく、あくまで自動回復やHPの多さをやったと本人が言っていましたので。
「……いずれにしても、アレは倒さねばならない相手ではあるがな」
「そう、ですね……だいぶ魔力も回復しました。ディオン、前線に合流しましょう」
「ああ、了解だ」
魔力が充分溜まったことを確認して、他のみんなが待つ前線へ向かいます。
同時に“広域回復”を使って、周りの祈念者の支援をすることも忘れません。
「お待たせしました!」
「……もういけるかしら?」
「はい!」
「そう……あんまりヘイトを集めないように気を付けてちょうだい。それと、回復は良いけど蘇生はダメよ」
メルとシガンの共通認識として、あまりわたしを目立たせたくないようです。
なので自分たちの場合はともかく、周りにまで蘇生魔法を使わせてはくれません。
誤魔化しが効かないとのことですが……メルがやっていることに比べれば、隠しようがあると思うのはわたしだけでしょうか?
◆ □ ◆ □ ◆
「──“照準”、“集光”、“光折鏡”」
いくつかの魔法で準備を始めます。
すでにシガンたちは近接戦を始め、プーチも魔法を何発か放っていました。
わたしは回復役なので最低限の魔力を保持する必要があるため、弱い魔法を組み合わせて強力な一発……というやり方を繰り返す必要があります。
まずは光属性の攻撃魔法の命中を上げ、そこに至るまでの道を創りました。
そして、光を収束させる“集光”と光を屈折できる“光折鏡”の準備します。
「──“光量調整”、“光線”!」
そして放つ光の量を少しでも上げるために“光量調整”を使い、最後に“光線”を発射しました。
ここで重要なのは、[ベネボレンス]の補正が回復魔法だけでなく光魔法にも対応しているという点。
大規模な魔法を発動可能な錫杖をギュッと握り締め、発動させた魔法は──
「あ、あれ……?」
とんでもないほどの太さとして発射され、それが複数の魔法の影響を受けて薄く細い線となりました。
そしてそれは、やがて首長竜の狙っていた心臓部分に到達し……突如として、その体を燃やし始めたのです。
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