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偽善者と裏切る者 二十九月目
偽善者と大湖戦線 その10
しおりを挟む「──“万能克復”!」
レベル240の魔物を相手に、わたしたちだけでは歯が立ちませんでした。
どうにか【万能克復】で被害を抑え込んではいますが……そろそろ、限界ですね。
首長竜は狂ったように暴れ、湖に津波を引き起こしています。
結界がそれを防いでいますが、そちらもどれだけ持つか分かりません。
HPバーは数本あり、わたしたちだけの攻撃では減っていないように見えました。
対して首長竜の攻撃は、掠るだけでシガンとディオン以外のHPを致死にしてきます。
それでも必死に、何度も【万能克復】を発動させました。
微痛、激痛、幻聴、幻視、幻覚、吐血、魔力酔い……少しずつ酷くなる症状に耐えて。
「──後ろから援軍! クラーレ、あんたはもうそろそろ休みなさい」
「ですが……まだ、できます」
離れた場所から鬨の声が上がると、いっせいに祈念者たちが吶喊してきました。
どうやら魔族討伐を終えた方々が、合流できたみたいですね。
ならば、もう一頑張りと動こうとしましたが、思うように体が動かずふらつきます。
そんなわたしをノエルが支えて、そのまま寝かせてくれました。
「そうね、休んでおきなさい。私は分かっている範囲で攻撃パターンを伝えてくるわ。その間、みんなはクラーレを安全な場所に移してそこの防衛をお願い」
『了解!』
「し、シガン……」
「やり過ぎると、またおかしくなるわよ。私も、貴女も。これ以上、メルの世話になるようなことは控えておかないと」
わたしとシガンは、共に固有スキルの侵蝕で周りに迷惑を掛けています。
これ以上使い続けていると、たしかにそうなる可能性が激増しますか。
同じくメルから受け取った【慈愛】スキルにも、いちおうは侵蝕の可能性があります。
メルが起きないと言ってはいましたが、使いこなすためには一度体験しないと……。
話が逸れましたが、わたしはシガンの案を受け入れました。
運ばれて、戦闘エリアギリギリの場所まで退避したところで──念話が届きます。
《いやー、頑張ったな。お疲れ、お疲れ》
《……メルス、ですか》
《そうそう、俺の方だな。いろいろとやってアレだが、一つだけ言っておかないといけないことがあってな》
《何ですか?》
今のメル……いえ、メルスの状態では、ロクなことを言わないと分かっていますが。
信用はできますが、信頼はできない……そういった感覚を覚えるんですよね。
《まず一つ、水底に居た俺は偽物だ。その方が反応に騙されて現場で待機、即座に生まれる魔物に対応してくれると信じていた》
《……メルス。あなたは何が起こるか、最初から分かっていたのですか?》
《じっくりと解析したからな。そのうえで、いくらか細工させてもらった。制約を施すことで、アイツは自由民を殺せなくなった。少なくとも、引き籠もっているヤツはな》
こういった話は信じられます。
メルでもメルスでも、力を持つからこその余裕がある振る舞いでしたので。
それに、わたしでなくともメル(ス)の存在を知る者であれば、できるだろうと思うことでしょう。
念話をしながら近くに居たコパンに話し、他にみんなにもメルから念話が来たことを伝えておきます。
何か情報が手に入ったら、すぐに情報を伝えた方がいいですし……先ほど言った自由民が殺せないと言った情報も、とても重要なことでした。
《具体的には?》
《あー、そこまで言うと有利になるかもしれないから無しだな。代わりに本当は戦闘能力が強化されるんだが、そこを弄って耐久度と回復速度を上げてある。ちゃんと倒す方法はあるから、頑張ってくれよ》
《あなたという人は……》
《俺はこの場に居る誰の味方でもない。守りたい物はここにはない、それでも誰かに構うのは偽善目当てだ。あと、ちなみに今は魔族と一緒にいるぞ》
ッ! その情報をすぐに伝えます。
メルスが魔族といっしょに居るということは、まだ魔族が残っているということ。
前半部分は仲間たちだけで留め、後半部分だけをシガンに伝えてもらいました。
その間もメルスは念話で、自分が何をしているのかを説明してきます。
《祈念者の中に、どうやら内通者がいるみたいだな。いや、別にそこに居る連中とは限らないけど。結構こっちの内情を知っているうえ、[メニュー]とか[ログアウト]なんかのメタ的な部分もバッチリだ》
《……それで?》
《冷たいなぁ。特別なことはしない、少しこの魔族に仕掛けをしておきたい。だが、ちょいと時間が掛かる作業でな。しばらくは、そいつと戦っていてくれないか?》
メルス曰く、本来生まれてくる魔物はもう少し弱かったようです。
それを討伐したら魔族が逃げる計画だったようで、どうにか引き延ばしたとのこと。
他にもやりようはあったとも思いますが、今は後回しにしました。
重要なことさえ確認できれば、とりあえず必要な情報は収集完了です。
《それは、わたしたちが必要ですか?》
《──だろうな。ガーも説得したから、今回は使えるぞ》
《ありがとうございます……癪ですが、お礼の言葉を伝えておきます》
《メルの時にでも、感謝の雨を降らしてくれればいいさ。それじゃあ、俺は俺で働いておくから》
念話が切れたその瞬間、体の内側でナニカが反応しました。
その正体は分かっています、そして今やるべきことも。
「──来てください、[ベネボレンス]!」
その銘を呼ぶと目の前は、真っ白な光に包まれました。
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