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偽善者と裏切る者 二十九月目
偽善者と大湖戦線 その06
しおりを挟む「(みず)うーみーは広い―な、おっきーいなー! ふんふんふーふふふーふーん、ふふふーふーん♪」
大きな湖すべてを把握し、この先起きるであろうフラグの種まで見つけた。
しかし俺は、自分の弟子たちが生産する結界の上から離れない。
偽善者として行動している時ならばともかく、今は妖女メルとしての時間だ。
主役はクラーレたちであり、俺が主導でやることでもないだろう。
名脇役に徹することはできないが、彼女たちにも試練が無ければ成長しない。
まあ、俺と模擬戦をするだけで、レベル自体は上がったりするんだけどな。
「せめて、できるのかはこれくらいかな?」
取りだすのは小さなホイッスル。
ピーッと甲高い音が鳴るが、それだけ。
──そう、認識できない者には見える。
実際には、音に引き寄せられるようにあるものが集まってきていた。
それは魂を見る魔眼や神眼でのみ、知覚できる霊体たち。
魔物のように知覚できる悪霊と異なり、善良な彼らは本来認識することができない。
彼らだけを集められたのは、先ほど吹いた笛──『集魂の呼び笛』のお陰だ。
さすがはアイの試練を経て得た、報酬の一つである。
「ここに来たってことは、協力する意思があるんだよね? 受肉はさせられない、あくまでこの街を守るために、一時的に使える体を用意するだけだよ」
『────』
「うん、それでもいいなら。私は君たちに協力するよ……ありがとう、何もしない私の代わりに──“屍騎受体”」
この魔法は、ネロが過去に乱用していた魔法なのだが、一部をチューンナップして再利用している。
彼らの魂を束ねて、純粋な魔力に還元した後にアンデッドとして再構築する。
残されるのは本来、生者を憎む心のみ……しかし、彼らは違う。
純粋に街を守りたい、そう思う者たちのみがここには集っている。
故に誕生する魔物も、魔物らしからぬ本能のままに力を振るう。
「命令──この街を守れ。たとえ人族に狙われようと、心が届かずとも、そこに守るべき者が居る限り立ち上がれ。一体でも多く、この街を狙う敵を屠れ!」
『──ッ!』
騎士型の魔物となった彼らは、その腰に提げられた剣を構えて命令に応じた。
それを見た後、すぐに魔物の多い場所に彼らを転送する。
「さすがに魔物だって自由民に拒まれたり、祈念者に殺されるのはな……マーカー識別をしている奴なら、それでも分かるけどさ」
予め飛ばした時空の泡沫が、彼らの活躍を俺に知覚させる。
魔物を屠り続ける姿から、とりあえず殺すという選択肢は除いてくれているようだ。
あとでどうなるか微妙だけど、そこは人の善性に委ねてみるということで。
まあ、時間制限のある召喚なので、何もせずとも最後には消えるんだけどな。
「『選ばれし者』とは違う、この街を救うのは本当の主人公たちだよね。うんうん、ぜひとも頑張ってもらいたいよ」
生産はもう少し時間が掛かりそうだ。
一つひとつはできていても、大量生産なのですべてが終わるまでは止められない。
だからこそ、一気に作ることでボーナス分の補正が入るんだけども。
そこまで大きくないが、少しでもあるからこそ、こういうときには大切なのだ。
◆ □ ◆ □ ◆
「それでは、行ってきます」
アイテムを完成させた彼女たちは、一度前線へ向かうことを選んだ。
ギルドに渡せば、それを届けてくれるだろうが、手間とかも掛かるからな。
なお、護衛はしない。
クラーレにも無茶はしないと言ったし、彼女たち自身で自分の身を守ってもらうことになった。
それは戦闘班も生産班も、同じくらいのリスクを背負って活動してもらうためだ。
今さらな話だが、俺無しでもやっていけるようにしてほしいからな。
「さて、やることも本格的に無くなったわけだけど……どうしよっかな?」
さすがにこんな状況で、眷属を呼びだしてデートという選択肢はない。
偽善もメルとしては、そこまで率先してやることでもないだろうという考えだ。
「となると……地味なところからかな? 私も何かやりたいし──『模宝玉[橙雪]』」
名を呼んだ水晶玉に、予め取ってもらいたい形状を指定しておく。
すると出てきたその瞬間に、それは俺を守る鎧となって身を包む。
こことは違う世界において、『勇者』のみが扱う華の装備。
それを極限まで模倣した装備一式を、妖女の身で扱う。
橙色の剣や盾、それに女性用の鎧などが一度に展開される。
それらは俺の意思に応じて、花弁となって宙を舞っていく。
「こっちなら魔術だよね──“擬短転移”」
本当に空間を隔てて移動するのではなく、体を一時的に魔力体にすることで行う光速移動による偽りの転移。
指定した方角へ一直線に、という制限はあるがそれでも楽に移動ができる。
目指したのは眼前に広がる空、高いところまで一気に上がって眼下を眺めた。
「今は人と魔物が争っているのに、わざわざ人と人とで争う必要なんてないもんね。ふっふっふ、ここはメルちゃんにお任せあれ♪」
少しぐらいノリに乗っておいた方が、やる気にもなるだろう。
見つけた諍いの現場へと、同じ魔術を使って急行するのだった。
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