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偽善者と廻る縁 二十八月目
偽善者と吸血前日 前篇
しおりを挟むヴァナキシュ帝国
光と闇の部分が如実に、街の在り方として体現しているこの国。
前回の見学で訪れなかったのは、どうせそうでなくても来ることが決まっていたから。
俺は白栄街の転移門付近で、彼女たちと待ち合わせをしていた。
そういう普通の会い方がしたいと、向こうからの注文だったからな。
「ただまあ、二人と会うためってわけでもなかったんだけどな」
「あら、私たちじゃ不満かしら?」
「そんなことないさ。ニーとチーから、活躍は聞いているぞ? オブリもほら、いつもみたいに来ていいんだがな」
「ううん、私ももう大人だもん!」
帝国で再会した彼女たちは、さまざまな経験を経て成長していた。
最後に会ったのは攻城戦の前だったな……あれからもう、だいぶ経ったのか。
吸血鬼と妖精の二人組は、初めて会ったときからだいぶ変化している。
見た目だけでなく、精神の在り様も……少しでも手助けができたようで、何よりだ。
「まあ、ともあれ会えて良かった。積もる話もあるし、まずは場所を変えよう」
「……そうね、視線も感じるし」
「お兄ちゃん……」
「そういうわけだ。それが無い場所は予め、確保してある。そっちに移動しようか」
「ええ、そうしてちょうだい」
「はーい」
二人が感じ取ったのは、大きく分けて二種類の視線。
一つは彼女たちの知名度や容姿に向けられた好意の視線、もう一つは……単純な悪意。
存在を書き換えてあるので、畏怖嫌厭スキルは働いていないが、人が悪意を持つのにスキルは無くとも理由は成立する。
彼女たちは有名ゆえに、それを疎まれているらしい。
そして、そんな彼女たちと居る俺もまた、何かしらの不快を買っている。
待ち合わせ場所ということで白栄街に来ていたが、俺はあまり望んでいなかった。
なのですぐに場所を変える提案を、彼女たちにできるわけだ。
「それで、どこに行くの?」
「黒没街。少々荒っぽい人たちが多いんだけど、ルールさえ守れば何もしてこない場所がある。そっちなら、視線に悩まされることもないだろう」
白と黒の街に囲いなどの遮りは存在しないが、街並みがまったく異なるため自然とどちらに居るかは認識できる。
衛兵が巡回などはしているものの、移動自体に制限は無い。
なので俺たちはあっさりと、黒没街へ脚を踏み入れる。
「ルールを守れば安全なのはあくまでも、とある集団が確保している領域の中だけだが。まあ、その中でもここなら……盗聴も気にしなくていいぞ」
「うわぁ、大きぃー!」
「屋敷ね。もしかして、貴方の?」
「んなわけあるか。ここは知り合い……というか知人の屋敷で、いつでも好きに使っていいって言われているだけだ」
あながち間違っていないはずだ。
自分でそう頷いていると、後ろから訝し気な視線が……。
それには気づかないふりを続け、そのまま入口へ向かう。
そこには屋敷の主が用意した、守衛のような奴らが居るので話を付ける。
「よお、お前ら」
「あぁ? 誰だテメ──」
「お、おい! すまねぇな、事情はなんとなく分かりやした。すぐにオジキに伝えやす」
「あぁ? なんで邪魔す……痛っ! おい、耳を引っ張らなくても分かったって!」
今の俺の姿では、気づくことのできない者が多い。
なので青い辰の紋章をぶら提げて、関係者であることを示した。
ちなみにそれを渡されているのは、最高幹部のみというレアな代物。
個人の識別までできるので、持っているだけで誰か分かる。
俺に気づいた奴は、それで俺だと確信できたのだろう。
姿を変えられるということは、彼らでもある程度把握できているからな。
◆ □ ◆ □ ◆
屋敷の中は広いが、勝手を知る俺なのですぐに目的地へ辿り着く。
密談などを行うため、周囲に声が漏れないは部屋がいくつか存在する。
その一つを借りて、俺と二人はテーブルを挟んで茶会を楽しむ。
「──というわけだ。これから俺は、また偽善をすることになる。もともと救った相手、これぐらいはオプションでやるさ」
「国を相手にね……私たちも少し無茶をしてきた覚えがあるけど、さすがにメルス以上の出来事は無いわね」
「やらないならやらないで、そっちの方がいいだろう。俺はやりたいから、こういう道を歩んでいるわけだし。お前らは、自分の徳を積んでいけばいいさ」
彼女たちが眷属として受け取ったのは、それぞれ【忍耐】と【救恤】。
正直、俺よりも使いこなしているような気もするが……まあ、そこは目を背けよう。
そんな二人に助力を願えば、今回の偽善もより上手くいくだろうが、彼女たちは偽善をやるために、眷属になったわけじゃない。
「……別に、手伝ってもいいのよ?」
「そうだよ、お兄ちゃんのお願いなら……」
「自由でいて欲しいんだ。祈念者の眷属にはしがらみが無い方がいい。これからやることは、紛れもなく犯罪だ。こっちでそれに慣れたとして……絶対に向こうで、その影響が出ないと言い切れるか?」
「「ッ……!」」
彼女たちはたしかに、この世界でいろんなことを経験してきた。
だがその中に、殺人は無い……圧倒的な力があるからこそ、無力化できていたからだ。
間違いなく今回の偽善、生き死にが関わってくる。
なので祈念者である二人に、それを強要することはできない。
──決してニーもチーも、そのために力を貸しているわけじゃないのだから。
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