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偽善者と廻る縁 二十八月目
偽善者と他世界見学 その01
しおりを挟むAFO世界 始まりの街
すべてはここから始まった。
今では町ではなく街レベルの規模になっているここも、祈念者たちが人力を提供することで彼らと共に育っていったのだ。
「へぇ、ここがメルス君のスタート地点なんだね。記憶で観ているだけよりも、なんだか賑やかそうな雰囲気」
「実際に賑やかになっているのもそうだが、俺よりもシーの感受性が豊かなんだろう。人の認識ってほら……難しいからな」
「えっと……たしかに、意識していないと難しいかもね」
髪も目も淡い紫色をした、普人族の姿をした武具っ娘。
ただしその正体は、ただの人族というわけではなく……。
「ところで、種族的にどうなんだ? こういう人だかりの多い場所って」
「うーん、別に必要としないんだけどね。食事には困らないかな?」
「なるほど……お味は?」
「……あんまり期待しない方がいいよ」
彼女の種族は夢魔、その始祖に位置する。
本来種族単位で必要な食事である精気を、まったく必要とせずに生活することができる特殊な個体だ。
その気になれば、俺もそれを真似して食べることはできるが……何が悲しくて、自分から他者の精気を食べねばならない。
ちなみに前に聞いたところ、老若男女だけでなく精神状態や普段の生活、それに魂魄で味が変わるそうだ……最後の部分にネロがだいぶ興奮していたのがいい思い出だ。
「ところでメルス君、どうして私を連れて来てくれたのかな?」
「なんというか……ちょうど良かったから、かな? 今はなんだか武具っ娘ばっかりを連れていたし、まだ呼んでいないヤツから選ぼうとは思っていた」
「それで……私が残ったの?」
「残ったっていうか、予定が空いていたからな。あと、普通の対応ができるから」
彼女──シーは【色欲】の武具っ娘だ。
だが、だからと言って言動のすべてが禁止用語になるとか、そういう感じではない。
あくまでも、『普通』を追及していた。
「うん、まあメルス君がそう望んだんだからそうなるよね」
「そもそも、俺が【色欲】に強いイメージができなかったってのもあるけどな」
「メルス君の理想について、今は置いておくとして……これからどうするの?」
「ここからは特に決めてなかったな。知り合いを見つけたら挨拶をする予定だったし、できるだけ知らない奴にはバレないように行動する。これぐらいしか、気にしないで外に出てきたわけだから」
急いては事を仕損じる。
連絡をして動き出してもらっているが、まだ時間もあるわけで……その時間を有意義に使うためにも、世界を見直すことに。
「壮大になったな……まあ、世界の全部を巡るわけでもないし、シーが楽しめる範囲で辺りを歩くだけにしよう」
「ありがとう」
「よし、じゃあ行くか。祈念者が出している店はもういいか……そうだな、街になって変わった場所を見てみようか」
「うん、いいと思うよ」
ということで、特に目的の無い見学にほんの少しだけやるべきことが見つかった。
これまでと違い、ただ歩くだけなので盛り上がることなど何もない。
「……なあ、シー」
「うん、どうしたの?」
「楽しいか、この時間?」
「うん、とっても」
人ごみの中、離れないように手を繋ぐ。
二人で顔を見合わせ、どちらが先か分からないが……息が漏れて笑みが零れる。
周りからの反応は気にしない。
そもそも存在を偽装しているので、気づける者はほとんどいないだろう。
「ならよかった。ほら、この街の最大の特徴と言えばここだな」
「噴水……あー、そうだったねー」
「祈念者誕生の地、なんて言い方をしたら少しカッコ良くないか? まあ、端的に言ってしまえば初期地点だけど」
すべての祈念者が、チュートリアルを経て最初に訪れる場所。
町だった頃から土地の中央に存在し、誰もが一度は目にするであろう噴水。
人気ゲームであるAFOには、今なお新規の者が現れている。
彼らがこの地を訪れるたびに、親切な先輩たちが彼らを歓迎していた。
「勧誘とかもしているな……おっと、このタイミングで揉め事か」
「女の子に強く絡んでいるね。メルス君、どうするの?」
「何もしない。俺は別にヒーローってわけでもないしな。あと、する必要が無い」
「わー、たしかにその通りなんだけどね。他に言い方とか無いのかな?」
そうは言われても、実際にそうなのだから仕方が無いだろうに。
たしかに、女性姿の祈念者に絡む学生っぽい祈念者がいるが──すぐに鎮圧されるさ。
「あっ、女の子と同じくらいの年の男の子が急に出てきたね」
「彼があの子にとってのヒーローだな。どれどれ、少し視てみるか……って、だいぶ強めのステータスだな」
「えっと、うん。アレを見ていれば、視なくても分かるからね」
男の子の方はある程度AFOをプレイしているようで、マナーを心掛けている。
いきなり私闘などはせず、仕掛けてきた男の攻撃は避けるだけで済ませていた。
対する相手はやがて痺れを切らしたのか、武器を抜いて仕掛けるのだが……それは男の子が狙った展開。
その攻撃もあっさりと躱したうえで、拘束して周囲へ呼びかける。
すぐに衛兵がこの場に現れると、事情聴取も考慮して当事者たちを連れていった。
「ほら、俺が出る所なんてまったくなかっただろ? 好き勝手にやるのが偽善だが、女の子にいい所を見せたいって言う男の面目までは邪魔しないさ」
「そういうものかな?」
「そういうものだよ。ほら、また似たようなイベントが始まるぞ……ずっと見ていても飽きないけど、そろそろ行こうか」
「同じことを繰り返すんだね……」
祈念者っていうのは、そういうものだ。
同時ログイン数が多いからこそ、起きてしまう出来事の数々──人々はそういった場の流れを、『お約束』と呼ぶのである。
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