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偽善者と獣たち 二十七月目
偽善者と飽くなき徒労 その13
しおりを挟む水の理が強く作用するゲンブの領域。
魔人でありながら魔獣の干渉力を持ち、かつ外部からの影響で強化された強力な魔物。
魔法で呼吸をサポートしなければ、入るだけで死にかけるレベルで厄介な根城。
俺はそこを目的地である最上階に向けて、階段の無い地下から歩いていく。
「邪魔だ──“闇槍”」
水の中だから水魔法を使いたいのだが、この領域において体外へ飛ばすのは難しい。
体の周囲で留めるならまだできるが、それ以上だとスキルを使う必要がある。
無駄な意識を割くことになるので、別の魔法で攻撃を行う。
闇属性ならば光属性のように水で減衰せずに使えるので、今回は採用していた。
「光は水で減衰する。いや、消して散らされるんだから消散か。まあ、お陰で悪役っぽくなっているからいいけど──“吸冥掌”」
掌を前に向けると、放たれた水魔法による攻撃すべてを取り込んでいく。
相手が動揺している隙に、空いた方の掌を突き出して──
「お返しだ──“倍冥掌”」
取り込んだモノへ闇属性を加えて、掌から一気に解き放つ。
迎撃に来ていた魔物たちは、“闇槍”に加えて今回の魔法で壊滅状態に陥っている。
「──“冥呼波紋”、“死招呼声”」
そこに衰弱を引き起こす魔力の波動、そして即死を招く怪音を鳴らす。
壊滅状態はさらに悪化し、絶滅に近い状態になっていた。
「いただきます──“物喰の牙”」
死骸はアイテムなので、食べる対象を物に限定しても喰らうことができる。
指定範囲を視界すべてにして、俺よりも上で待ち構えていた魔物たちを喰らっていく。
どこに隠れていたのか、数千単位で魔物が『胃袋』に収まった。
使えば使うほど餓える【暴食】だが、これならしばらくは持つだろう。
「……さて、扉も喰ったし気づいたか。今さら無駄だぞ──“魔喰の牙”」
空、いや海上から落ちてくる巨大な水柱。
これまで魔物たちが使っていたものとは比べ物にならない、超常級の一撃。
先ほど溜め込んだカロリーを、一気に消費して魔力を喰らう。
魔力の持ち主は、間違いなくこの地を統べる主──ゲンブ。
「この程度で俺様を殺そうってか? 甘い、甘すぎるぜ! ──“大渦潮”!」
一度だけ魔力をごっそり消費して、水属性の派生である大海魔法を発動。
引き起こすのはその名の通り、激しく荒ぶる大渦潮。
ぽっかり空いた扉から俺までの道を切り開くと同時に、最奥に居るであろうゲンブ以外の魔物を排除するための魔法だ。
「はっ、いいぜ……乗ってやるよ。貴様らすべて全部、丸ごと喰らってやる!」
渦を通り、遥か上に向けて移動する。
体を魔力で包み込み、防御しておけば渦の中でも安全に移動可能だ(術者限定)。
そして、そのまま上に辿り着く。
そこには想定通り、散らばる魔物の死骸と玉座に座る魔人の姿がある。
黒と水色が混ざったような濁った色の髪や目の魔人……当然のようにイケメンなその顔は現在、怒りに満ちていた。
「──よくも、よくもやってくれたな!」
「ははっ、そんなに怒るなよ。俺様の糧になれたんだから、こいつらも本望だろう」
死体に足を載せてグリグリとしつつ、歪んだ笑みを浮かべて語り掛ける。
ここで死霊魔法を使えばイイ反応を引き出せそうだが……そこまで堕ちてはいないさ。
「だがまあ、そうだな……蘇生してやるよ。だからもう少し楽しませてくれよ」
「……何のつもりだ?」
「別に。ただ、少しばかり腹が減っているだろうからよろしくな──“餓尽鬼道”」
周囲の死骸たちがゆっくりと起き上がる。
心臓の鼓動も再び活動を始め、体に生気が漲る──ただし、その瞳孔はガン開き、視線はあっちこっちに行ったり来たりなんだが。
「何をしやがった」
「餓鬼道ってのがあってな。決して満たされることのない飢餓感に襲われる場所だ。俺の能力はそれを、死んだ奴を生き返らせたうえで引き起こすことができるんだ」
『うぁ、うぁあああああああああ!』
「つまり、アイツらは腹ペコだ。仲間でも無機物でも、自分の仕えていた奴でも何でも食べたくなる状態だ。さぁ、晩餐の時間だ! 好きなだけ喰らえよ!」
飢餓感から瞳を爛々と殺気立たせ、魔物たちは食事を行う。
程よく強い奴は自分より弱いヤツを、弱い奴はそれから逃げて無機物を。
まだ強者を襲うような蛮行はしない。
他に喰える物があるならそちらを優先するし、気休め程度の思考は残っているからな。
至る所で戦いが始まり、食っては食われる地獄のような惨状が繰り広げられる。
ゲンブはただそれを見ているだけ、手を出したらどうなるか分かっているのだろう。
「いい判断だ。邪魔をすれば貴様は敵、愛しい配下共から真っ先に倒すべき対象にされていただろうな」
「テメェ……!」
「そうだな、これが狩りと言わずしてなんと呼ぼうか! 命を懸けた喰らい合い、これこそがまさに弱肉強食!」
ノリノリで言っているのだが、誰一人として賛同してくれないのが残念なところだ。
数はどんどん減っていき、その分狙うべきターゲットの数も減ってしまう。
無機物も食べられる魔物とは言え、やはり飢えを満たすのであればやっぱり肉だ……俺とコイツ、どっちが先に選ばれるかな?
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