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偽善者と獣たち 二十七月目
偽善者と飽くなき徒労 その12
しおりを挟む場所自体はほぼすべての魔物たちが把握しており、行くのは簡単だった。
俺の居た場所から北西に行った所に、外からは見えない入り江のような地形がある。
海へも繋がる広い水域に、ゲンブは自分の根城を築いていた。
一部水中系の魔物も味方につけられる、いい住居選びをしたのだろう。
「お目覚めの時間だ──“兆雷撃”」
雲の無い空から降り注ぐ轟雷。
この大陸には大量の魔力が存在しており、それを上手く扱える者が強者足り得る。
激しい雷は海の中へ落ちていく。
純水ならまだしも、当然そこにあるのは海水……電気は内部に浸透し、生息する魔物たちを一掃する。
「まだ生き残るか──“氷盾”」
飛んでくるのは水。
電撃で死なずに生き残った魔物たちは、体に含んだ水分を高速で飛ばして俺を落とそうとしてくる。
なので、その水分を使って生みだした盾。
ただ水のままにするのではなく、強引に固めて、弾丸のように飛んでくる水をしっかりと防げるようにしておく。
「しかしまあ、ずいぶんと数が多いな……物理的に殺すか──“生滅色潮”」
とある場所の方言なのだが、それが意味するのは──「星の汁」。
しかしその言葉は現象の中でも、一端を表す言葉でしかない。
人々はその現象をこう呼ぶ──赤潮と。
「気絶で済ませてやろうと思ったのに……無謀な抗いをするからだ」
通常の赤潮の場合、大量のプランクトンによる窒息死で海中の魚介類が死んでしまう。
だが、これの場合は違う……魔力で生み出しているからか、魔改造が施されている。
海は青色に、そして赤色に染まっていく。
それは、ある準備ができたことを意味するもの──赤く染まった場所から浮かび上がる魔物たちが、その成功を意味した。
「触れただけで発する毒、取り込むことで発生する毒、他にもいろいろあるぞ……次があるなら、逆らう相手は選ぶんだな」
そう言って俺は、“水上歩”で立った水面から海中に触れる。
記憶からこれをやっておかないと、面倒になると学んでいるからだ。
「喰らい尽くせ──“万喰の牙”」
物質、魔力、そして魂……ありとあらゆる概念を海から引きずり出す。
すべてとは行かずとも、一時的に領域から海を奪うことができる。
「っ! ぐっ……げほっ、ごほっ!」
ただ、それだけ広範囲から膨大な量を喰らうことには、相応の代償が支払われた。
ごっそりと削られた満腹度が、俺に強烈な飢餓感を起こす。
食っても喰っても、それが満ちることは決してない。
だが食べている一瞬、そのときだけは忘れることができる。
故に【暴食】に堕ちれば、ただその飢えから解消されることを目指して、喰らい続けることしかできなくなる……らしいな。
「ふぅ……俺には関係ないけどさ。さて、行きますか」
海が干上がり、不自然な形で離れた場所の海水が消滅しているため、ゲンブの根城は水生の魔物に作られた穴だらけになっていた。
俺はその一つから、領域へ潜っていく。
すると、中に入った途端ぶわっと体を包む違和感に襲われる。
《──“海中呼吸”》
「……魔人なら、こんなことできないと思っていたんだがな」
魔獣と違い、その溜め込んだ力を内部だけで完結させる魔人。
だから、今の俺に起きている現象は引き起こせないと高をくくっていた。
「自分に近い領域に限定して、有利なフィールドの構築。規模は狭いが、やっていることは間違いなく魔獣のそれだ。もしかして、これもここで行われてる実験の一つか?」
脳みそを空っぽにした単純な考えだが、とりあえず頭に入れておく。
可能性はどれだけ考えておいても、困るものじゃないからな。
そして、改めて領域においてどういった優位性があるのかを確かめる。
現在分かっているのは、擬似海中化による呼吸困難と水属性の強化ぐらいだ。
「それじゃあさっそく──“喰物謝糧”」
スッと意識的に海水を飲むと、体内へゲンブの魔力が取り込まれる。
すると、内部でそれが暴れ狂う……なるほど、それがここでの法則の一種か。
『──黙れ』
だが、それ自体はすぐに抑え込める。
体内の魔力に干渉し、意図して狂わせているだけなので、完璧な制御さえできれば無意味な仕掛けとなるのだ。
問題はそれを常時続けなければいけないこと……なので、声で黙らせる。
言霊の力を借りて発した声で、数十秒程度機能を停止させた。
「──“暴引膨喰”」
時間も無いので、“喰物謝糧”を全力で使うための補助能力を起動。
これらの能力は解析能力、ただし喰らったモノ限定だけど。
直接俺が口にした方がその精度は上がり、成功率や速度も向上する。
それによって、暴かれていくこの領域の絡繰り……その異常さ。
「チッ、やっぱり干渉してやがったな」
結論だけ言ってしまえば、最終的にどちらかに至ればいいみたいだ。
高レベルの魔物が争い、アレを獲得して、そして──突破することを狙っている。
「ゲンブ、スザク、セイリュウ、ビャッコ、それにキリン。ある意味儀式なのか……なら俺は、それを全部喰らい尽くしてやる」
一角でも崩せば、計画は間違いなく狂う。
ならばやることは変わらない……報復、そして成り上がりだ。
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