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偽善者と獣たち 二十七月目
偽善者と飽くなき徒労 その11
しおりを挟む喰らった魔物は意外とこの大陸での常識を心得ていたようで、引き籠もっていた狗妖獣よりは知識を持っていた。
この大陸は数体の魔人によって、それぞれ領域が分けられていた。
彼らは魔獣級の力を秘めた個体で、それぞれ領域内でやりたい放題しているそうだ。
……魔人と魔獣はどちらも知性を持っているが、その差は干渉力を向ける先。
前者はその力を肉体に留め、後者は体外に放つことを選んだ存在。
かつて出会った『雪蝕染狐』が、後者を物語る良い例だろう。
その力は外部へ漏れ出し、周辺の民を蝕んでいたわけだし。
「大きく分けて五つの領域があって、俺の居たのはだいたい南の領域。安全なのはそれぞれちょっとずつ、奇跡的に俺はその辺りに上陸できたってことか……」
安全な地帯でも、強くなるために闘争が繰り広げられている。
全然安全じゃないのだが、直接支配されている場所よりは安全なんだとか。
「北を統べるのは、堅い防御力と苛烈な攻撃力を秘めた大陸最硬の魔人にして武人。そして、『ゲンブ』という名持ちの個体……ずいぶんと、作為的だよな」
その名が意味するのは玄武。
中国神話において、北を守護する聖獣。
……それがそのまんま名になっているというのは、おかしいではないか。
人族……というか祈念者が居たならまだしも、この大陸に居るのは俺だけ。
残るはすべて出自が魔物な存在だけ、他に存在するのは──上で観ている奴らだけ。
「──要するに、実験場なわけだ。魔物に名前を与えて、何かをするための」
ここだけ、というわけでもないだろう。
だがこんなに都合のいい場所が、自然に発生するわけもない。
どう干渉しているのか、その全貌はまだ把握できないが……それでも上で、傍観者たちが居ることは確かだからな。
「理由はどうあれ、少なくともゲンブに限れば悪逆非道を尽くしている。なら、俺がやることはただ一つ」
元より存在は偽装しているので、アイツらが俺に気づくことはない。
まあ、そうじゃなくても、いずれは似たようなことをしていただろうけど。
「──喰らい尽くそう、そのすべてを」
偽善と王様プレイの両立は少々難しいが、どんなときでもやってきていた。
苦しんでいる(と俺が勝手に思った)者が居る限り、偽善者は今日も頑張るのだ。
◆ □ ◆ □ ◆
ゲンブはその伝承通り、水属性を得意とする個体らしい。
だからこそ大陸でも海に近い北区を支配しており、そこで王者として君臨していた。
わざわざそんな北まで向かうのは、彼らが安全な領域を通って南まで来ていたから。
俺はその目的地へ向けて、ただ悠々と歩くだけで道案内が次々と現れた。
「止まれ! この先がゲンブ様の領地だと心得ての蛮行か! 貴様がたとえ例の魔人であろうと、容赦はせぬぞ!」
「蛮行? 容赦? 何を言ってやがる……俺様はただ、喰いたい物を喰らうだけだ。今日はまぁ、亀と蛇が喰いてぇってだけのこと」
「何を言っている……狂った魔人めが」
「……ふむ、なるほど。いい情報だ、先に喰らったヤツは顔を見ていなかったから、情報が足りなかったのだ──“魂喰の牙”」
足りないモノは他者から補給する。
今回は特に情報を喰らい、ゲンブに関する知識を広げていく。
「……なるほど、見た目自体に玄武っぽさは無いのか。それで違和感を覚えたと」
遠目で観た記憶しか残っていなかったが、通常時に亀や蛇の特徴は見受けられない。
つまりはそれを隠している、もしくはまったく関係ないということなのだろう。
「条件があるから、こうして魂ごと喰らわないといけないんだよな……【強欲】は接触、【暴食】は把握」
記憶のみを喰らう場合、その記憶を何らかの形で把握しなければならない。
たとえば対象の軌跡、特に名前などを把握していれば喰らうことができる。
だが、そんなまどろっこしいことをする暇が無いし、記憶を含む魂ごと喰らっていた。
魂魄眼でそれを把握できるからこそ、可能な裏技である。
ちなみにリスクとして、量が膨大過ぎて普通は処理落ちするという問題が。
そこは[無限書館]でカバーできるので、その存在ごと納めていた。
「というわけで、一気にテメェらの情報を寄越せ──“魂喰の牙”」
干渉領域を伸ばすスキル[内外干渉]で、牙が届く範囲を視界すべてに増やす。
その中に存在する、ゲンブの恩恵を受ける個体全部に牙を向けた。
「いただきます──ごちそうさまでした」
ほんの一瞬ですべてが済む。
残ったのは抜け殻の肉体と、脳をはじけさせるほどに溜め込まれた膨大な他者の記憶。
それらを処理するために、俺は行動する。
狂気に満ちた包丁を半自動的に解体しながら、脳内で記憶を洗ってゲンブに関する情報が無いか探していく。
老いも若きも男も女も関係ない。
ゲンブという存在に関わるすべての情報を見つけ出し、改めて脳に認識させる。
「……ん? ああ、いい情報があったな」
そんな中で、偶然ゲンブの姿を目撃したという下っ端の記憶を見つけた。
選別をしない総取りの善い所は、こういった掘り出し物を発見できることだ。
──さて、領域を貰いに行きますか。
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