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偽善者と獣たち 二十七月目
偽善者と飽くなき徒労 その05
しおりを挟む「──悟りとか、開けたのかもしれないな」
空腹が飢餓感に代わり、瞳の色が青く染まり上がってから半日が経過した。
血みどろの戦場において、俺はただボーっと突っ立っている。
飲まず食わずをひたすら貫き、血や肉の飛び散る光景をずっと見ていた。
その度に最初は腹を空かせたが……今では何も感じなくなっている。
「こんな殺伐としたものが悟りなら、俺は一生凡人でいい気がするや。いやまあ、霞だけ食って生きていられる奴の、言うことでも無いんだけどさ」
そんなスキルを持っていたので、無尽蔵の補給をこれまではできていたんだけど。
今は単に腹が空きすぎて、一周周って平然としていられるだけだ。
「でもしかし、普通じゃないのは当然か。魔物……自分を狙う敵だけの中で独り、ただ殺すことしかやってないわけだし」
魔物も俺という存在を強者として認識したのか、俺が生産アイテムで築いた領域の壁をなかなか通らなくなっていた。
時折勢いの良い魔物がやってくるが、それは今なお発動している“無限血鎖”が自動的に処理してくれている。
「というか──“鑑定眼”。うん、少しやり過ぎたみたいだな」
少しでも楽ができるように、また暇潰しになるようにと俺は具現魔法を足していた。
するとどうだろう? いつの間にやら膨大な血を吸い上げた鎖は物質化していたのだ。
「……まあ、アイツに渡すか。同じ鎖だし、統合とかしたら強くなりそうだ」
若干漏れた【暴食】の影響で、魂魄まで喰らっていた結果らしい。
生産中の『侵化』でも、極まれにそういう現象が起きていたのでたぶん合っている。
「──見境が無いのが問題か。【暴食】が元な上、俺の代わりに飢餓感を満たそうとしているみたいだしな……『戻れ』」
万物に声が届く[魂源告訴]スキルを使い、俺の意思を伝えた。
すると鎖もピクリと反応し、スルスルと帰還する。
「解除はしないが、お前はしばらく休んでいろ。飢えは自分で補う」
空間に穴を空けて、そこに鎖を突っ込む。
あとはギーとドゥルが、模倣などの作業を済ませてくれるだろう。
「……やっぱり肩代わりしてくれてたみたいだな。少し腹が減った気がする」
一瞬ふらっと視界が歪んだが、すぐに立て直した。
状況を把握するついでに周囲に意識を向けると……魔物の群れが一つ。
「種族として群れで来ているのか。これまでの奴らとは、ちょっと違うのか? だが……後ろにまだ反応があるな」
一つの集団の後方には、もう一つ別種族で構成された集団が。
まあ、ここから考え出される彼らの関係性など、創作物では定番だろう。
「魔物が相手でも、俺は偽善をしてきた。というか、初めては魔物だった気がするし……何かの縁だ、まずは接してみるか。念のため偽装用に──“因子注入”」
ここで待っていると、全員が救われる未来にはならないだろう。
どうせやることも無くなったんだ、こちらから出向いてやろうか。
□ ◆ □ ◆ □
それは一瞬のことだった。
魔物たちの下に降り立ったのは、青い瞳を爛々と光らせた──化け物。
「──警告しよう。この先は俺様の支配地。用が無いならさっさと消えろ。用があるなら跪いて頭を下げろ」
その瞬間、その場にいる魔物たちの行動はシンクロした。
追う者も追われる者も皆等しく、絶対的強者の前に頭を地面に叩き付ける。
膨大な魔力を有した人型の存在──魔人。
魔物から進化した魔族の中でも、一握りの者のみしか至ることのできないその存在に、彼らは尊敬と畏怖を抱いていた。
「……よし。まず貴様、と言っても理解できぬか。先に来ていた奴らの代表、頭を下げたまま事情を話せ」
そう言って視線を向けるのは、前方に位置していた魔物の集団。
みすぼらしく、病的なほどに痩せた──犬の頭を持つ者たち。
「わ、私たちは『犬妖獣』という魔物です。こ、この度は偉大なるお方で在らせられる貴方様に、庇護を願いたく──」
「ふざけるな! 貴様らは──」
「黙れ。主張はそれぞれ聞く、それとも貴様は俺様の意に背くのか? あいにく、そう気は長くないんだ……少しばかり腹が減っていてな。それを貴様らで満たしてもいいんだ」
「うぐっ……」
説明をする犬妖獣の長を阻もうとする、もう一方の集団の代表者。
しかしそれは、青色の光を強めた魔人の眼光に怯み止まった。
そのことに怯え、そして救われたと尊敬の意を覚えて長は話を続ける。
「私たちはこの地でもあまり強くはなく、逃げる日々を過ごしていました。しかし、彼らの手の者によって、隠れていた場所を暴かれ逃げることに……そして、この地を支配する貴方様の地を訪れました」
「どうして俺様の地を?」
「そ、その、視たのです。貴方様こそが、私たちの救いになられると!」
「ふむ……視る、か。興味深いな。では、視たのは貴様か? 違うならば、あとでソイツと話をさせろ」
「わ、分かりました」
ペコリと頭を下げたまま、器用にさらに畏まる長。
魔人が次に視線を向けるのは、先ほど反論し掛けた魔物。
「では、次は貴様だ。俺様は公平だからな、ちゃんと言い分を聞いてやる……さぁ、話すがよい」
「わ、分かった」
そうして、魔物は語り始めるのだった。
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