上 下
1,742 / 2,518
偽善者と獣たち 二十七月目

偽善者と橙色の調査 その12

しおりを挟む


「──おい、何をやっている!」

「っと、ちょっと待ってろ。クエラムの食事が先だからな……お前らもどうだ?」

「うっ……なんだこの匂いは!」

「なんといいますか、匂いだけで美味しいと分かりますね」


 どうやら料理を作っている間に、少年と姫様の会話は終わっていたようだ。
 だが、優先するのは眷属の頼み事……すでに模倣が終わった以上、少年に用はない。

 それでも、クエラムは誰かと共に食べる方がいいと主張するタイプなので。
 匂いに釣られてきた獣人の二人を、招いて昼食会を開く。


「コースメニューとか、そういうものは期待しないでくれ。そこにパンがあるから、置いてある物を載せて食べてくれ」

「このように食べるのだぞ!」


 クエラムが意気揚々に、具材を敷き詰めたパンにもう一枚パンを重ねる。
 ちなみにイメージとしては、耳を切り落とした食パンだな。

 いわゆるソフト系のパンが指圧で歪むほど抑え込み、豪快に齧り付く。
 とても旨そうに食べるその姿は、品が無いように見えるのに……逆に心を和ませる。


「ちょっと見たことのないヤツもあると思うが、組み合わせさえ間違えなければ美味しいぞ。それぞれ甘いものとしょっぱい物、ぐらいには分けてあるから、その境目だけは絶対に超えるなよ」


 ジャムやピーナッツバターが合う物、マスタードやソースが合う物が特にな。
 獣人には味覚が鋭い者が多いので、注意しなければなるまい。


「それじゃあ、手を合わせて!」

「て、手を?」

「メルスが、料理人がそう言うのだ。お前たちもそれに従え」

「こ、こうか……」
「こうですね」


 ここで故郷だの風習といった単語を挙げると、頭が回りそうな奴もいるので、クエラムにごり押ししてもらった。

 そこまでしてやる理由は特にないが、食べるならやっぱりやりたくなるのが日本人だ。
 パンっと手を鳴らして合わせ、それを周りにも促す。


「いたたきます!」

「「い、「いただきます!」」」


 戸惑う二人を気にも留めず、クエラムは俺に続いて叫ぶ。
 慌てて彼らにとって謎の呪文を唱えて、二人も食事をはじめ──目を輝かせた。


  ◆   □   ◆   □   ◆


 食事を終えた二人の少年少女は、幸福感に満ちた表情を浮かべる。
 眷属にとっては微妙になり得る品質だが、世間一般からすれば普通に高品質。

 クエラムも喜んでくれていたので、現状では最高点が出せたと言えよう。
 そんなクエラムを見ながら食べる食事は、また格別だったことも記しておく。

 姫様からは雇われないかと言われたが、そこは丁重に断っておいた。
 腹黒なのが怖いのと、どの世界でも料理長は頑張れる人まけずぎらいだからである。


「さて、そろそろ作るアイテムをどんな物にするのかを決めよう。何かお前自身、こういう物がいいって要求は?」

「姫様を守れるくらい堅く、姫様をすぐに守れるように速く」

「普通は鎧で両方をやるのは難しいぞ。だからこそ、軽鎧と重鎧ってコンセプトが二種類に分かれているわけだし」


 堅さとは重さであり、速さとは軽さだ。
 だがそれを両立するためには、バランスを考えなければならない。


「まあ、『装華』はそれができる。魔花の素材でも、魔力を籠めると堅くなったりするよな。でも、魔力が足りなくなるんじゃ、守ることも難しくなるだろう」

「どうすればいい」

「過去には層を鎧に纏わせる、なんてアイデアも出たらしいが、それはオススメしない。たしかにそれは丈夫にはなるが、さっきみたいな攻撃を受けたときにどうなってしまうか分かるだろう?」


 消費方法が一つだと、代用ということができなくなってしまう。
 纏っていたものに頼ると、不意を突くような既存概念から外れた攻撃にやられる。


「あくまでも、層は盾だ。鎧じゃなく、構えるために使え。究極的な話、盾で完璧に防げば鎧で身を守る必要は無いからな」

「それは……そう、だけども」

「これからの時代、必要なのはこれまで通りの力じゃない。一工夫も二工夫も重ねて、相手以上の策を費やすための知識だ」


 真っ当な騎士が、考えるようなことじゃないと言われるだろう。
 しかし、幸い少年はある意味シスコンと同じ考え方をしている。


「──お前は、姫様を守りたい。なら、それ以上に惜しむことはなんだ? 騎士としての意地か? それとも自分だけで、これまで通りに守りたいって慢心か? まあ、なんにせよ無駄でしかない」

「っ……!」

「メルス様……」

「だから知識を、誰にも負けられないような策を捻りだすための手札をやる。幸い、お前は知れば知るほど強くなれる。既知を未知と化し、根端を困難にしてやろう」


 姫様の視線を無視して、少年に語った。
 ペンは剣よりも強し──その意味は、言論の力が武力よりも大きい力を持っているということ。

 だが、それは要するに、知識で暴力を超えたという証明。
 ……少々暴論ではあるが、それぐらいじゃないと少年を強くなどできない。


「俺がお前にできるのは、教えることだけ。クエラムはそれを試すための練習台。アイテムも創ってやるけど、それはその知識を前提としたもの……それでもいいか?」

「それで、姫様を守れる?」

「お前には力がある。足りないのは、それをどう生かすかだけ。それを知ったとき……お前は最高の『守護者』になれるさ」


 この後の、少年の選択など言うまでもあるまい。
 俺は(伊達)眼鏡を掛け、授業の準備を始めるのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

(完)年増になったから婚約破棄する?ーー誰のせいでなったと思ってんだ!

青空一夏
恋愛
私の彼はダメ男です。それはわかっていました。しかし、それに加えて人でなしだとは・・・・・・ 彼は3年間半も無職、私が支えてきてやっと8年目に貴族学園の人気有名講師になったの。女官の私とやっと釣り合うようになったというわけ。 そしてやっとプロポーズされたのだが、その二週間後あっけなく振られました。式場も予約したというのに、理由は17歳の女に告白されたから。 「だってもうルーナは25でしょう? おばさんじゃないか・・・・・・」 ちょっと待て! お前のせいでおばさんになったんだがな! こんなやつ女の敵だ! どうしてくれようか・・・・・・ 異世界中世ヨーロッパ風。この世界の結婚適齢期は17で学園を卒業しておよそ3年間とします。17から20が大体女性が結婚する年齢です。1フラン=1円。ところどころ和洋折衷のような、現代っぽい部分もある異世界のお話です。ゆるふわ設定ご都合主義。エッチ場面はなし。ざまぁ要素あり。

チート級スキルを得たゲーマーのやりたいことだけするVRMMO!

しりうす。
ファンタジー
VRゲーム【Another world・Online】βテストをソロでクリアした主人公──────雲母八雲。 βテスト最後のボスを倒すと、謎のアイテム【スキルの素】を入手する。不思議に思いつつも、もうこのゲームの中に居る必要はないためアイテムの事を深く考えずにログアウトする。 そして、本サービス開始時刻と同時に【Another world・Online】にダイブし、そこで謎アイテム【スキルの素】が出てきてチート級スキルを10個作ることに。 そこで作ったチート級スキルを手に、【Another world・Online】の世界をやりたいことだけ謳歌する! ※ゆるーくやっていくので、戦闘シーンなどの描写には期待しないでください。 ※処女作ですので、誤字脱字、設定の矛盾などがあると思います。あったら是非教えてください! ※感想は出来るだけ返信します。わからない点、意味不明な点があったら教えてください。(アンチコメはスルーします)

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...