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偽善者と獣たち 二十七月目
偽善者と橙色の調査 その10
しおりを挟む獣王はすぐに戻ってきた。
本人もそう言っていたし、転移したという事実に盛り上がっているのだろう。
……俺も初めて空間魔法で転移したとき、そんな感じでハイテンションになったし。
「メルスは無罪。王家専属……は嫌がりそうだから、ランクを9にしてやろう。10はいろいろと面倒だからな」
「おっ、さすが獣王だな」
「がっはははは! そうだそうだ、これからも王家というか、獣人族のために励んでくれよな? そのための投資なんだ」
「ああ、考えておくよ」
嘘など言うつもりはない。
だが、俺が貢献するのは獣人族だけではないという話なだけ。
今回用意したのも、いずれ来るべき試練の際に備えて。
赤色の世界で邪神が何か仕掛けてきたように、魔花も何かしてくるかもしれないから。
本体……というかこの世界の神に寄生していた部分は取り除いたが、まだ魔花が存在している以上、根源から潰せたわけじゃない。
おそらく、最後には足掻いてくるはずだ。
そういった機会に備えて、各華都を繋げておけば対策もしやすいだろう。
転移装置、そして『対話鏡』を提供したのでそれらは成功する。
「では、約束を果たそうではないか……良いな、ソル?」
「はい、お父様。我が騎士『ガグ』も、彼に興味を抱いているようですし」
交わされる親子の会話。
それはとてもありふれていて、しかし内容は現実で聞くことのない単語も交えたもの。
王が問いかけ、姫が答える。
その視線の先には、俺と一人の少年。
騎士の恰好をした、巨大な盾を持った少年は……俺をジッと見ていた。
◆ □ ◆ □ ◆
目の前の少女が、気品ある仕草と共に、俺とクエラムへ笑みを浮かべる。
それは日輪のような温かな笑みで、人々の救いとなる……のだろう。
「改めまして。わたしは『ソルル・サンヌ・ヘリアンサス』。華都サフランワーを統治する、ヘリアンサス家の第二王女です」
新単語が盛りだくさん、王家としての名を初めて知ったとふと思った。
だが、思考に耽ることを許さない視線が一つ……それを阻む視線が一つ。
「クエラム、今はいいから」
「ガグ、おやめなさい。それよりも、あなたも挨拶をして?」
「ハッ! 『ガグラム・ポムグラネイト』、以上です」
姫様に声を掛けられたことで耳と尻尾を立たせ、俺に視線を向けると再び下ろしたうえで嘆息するように名を零す騎士。
クエラムがさらにいら立ちを覚えそうだったので、頭を撫でる……するとそれも沈静化され、表面上は真面目な顔になる。
「お互い、苦労しているのですね」
「まあ、そうみたいだな。けど、そこがいいとも思っているんだろう?」
「ふふっ、本当に……お互いに考えていることは似ているようです」
どこがだよ、と言いたくなるが抑えた。
俺はクエラムを、純粋に家族を想う態度として宥めている……はずだ。
そりゃあ、多少男女間のアレコレが混じっているかもしれないけど、そこはモブレベルの少量のはずだから…………うん、たぶん、メイビー。
だが、目の前の少女は違う。
俺のこの世界で肥やした瞳は、少女が少年に抱く気持ちを視ている──同時に、腹に溜め込まれた黒いナニカも。
とはいえ、傷つけたいとか隷属させたいとか、ブラックな感じではない。
からかう……に近い形、要するに少年で遊びたいといった感じだろうか?
問題はそれを自分以外が行うことを許さない、そんな独占欲と執着心があること。
……あくまでも、俺の経験則からそう感じただけだがな。
「ところで……私はいつまで、この縄で縛られていなければならない」
「ん? ああ、悪い悪い。もう少しだけ……調べるには時間が掛かるんだよ」
一方、隠すことのない苛立ちを覚える騎士の少年には、むしろ白さを感じる。
まあ、だからこそお姫様も気に入ったんだと思うけど。
彼が苛立つ理由、それは出会って早々俺が彼に縄を結んだから。
実際には『模宝玉』を縄状にした物なのだが、そこは見た目的な配慮である。
「お詫びと言ってはなんだが、俺はお前に生産者として提供できるものなら何でも提供してやる。お前自身の言葉で、お前が欲する物なら何でもな」
「……なん、でも?」
「ふふっ、よかったわねガグ。わたしも聞きたいわ、あなたの欲する物が」
「姫様……」
もしここで、特定の人物の名前が出たら、そいつは抹消されるんだろうな……。
姫様の興味とやらは、少年が望むほど朗らかなモノでは無いのだ。
「私は……いえ、おれはソルル様の御力になりたい。だが、足りないものが多すぎる」
「ほぉ、具体的には?」
「魔力が、剣技が、『王家の盾』としての力が……何もかもが足りない。先代である父上にも、魔術団の長にも助力をしてもらって、それでもなお足りない──姫様を守り抜く、おれでは絶対を保証できない」
「ガグ……!」
この世界の人々は、AFO世界や赤色の世界の人々よりもシステム的にあやかっている恩恵が少ない。
種族と魔法、そして『装華』を介することで魔術や武技やスキル、そしてレベルのシステムを擬似的に受け入れている。
だがしかし、介するということは、純粋にそのすべてをあやかれるわけではない。
この世界の人々は職業システムが無い代わりに、『装華』に経験値を注ぐ。
何が言いたいかというと、これまでの世界ほど強くなるための手段が多くないのだ。
すべて『装華』頼りとなり、それを介することでしか力を得られていない。
「装備は『装華』がある以上、無用の産物。そう思われているからな……さて、なら叶えてやろう。調査も終わった、これでより良い装備が造れるはずだろう」
「! では……!」
「……メルス様、大丈夫なのでしょうか?」
「ああ、もう少し実践で調べなければ何が必要かは分からないがな──クエラム!」
ここからの流れは、お察しだろう。
クエラムと少年は相対し、少しの間戦ってもらうことに。
その間、俺と姫様は腹を割って互いに互いへの要求を告げる。
……腹黒くはあるが、人として狂ってはいなかった。
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