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偽善者と獣たち 二十七月目
偽善者と橙色の調査 その08
しおりを挟む「あの……」
「…………」
「あの……聞いてますよね? そして、理解していますよね? メルスさん、いいえメルス──早く進捗を報告しなさい」
ずいぶんと態度も改善……いや、改悪された受付嬢は、完全にゴミムシを見るような目で俺を蔑んでいる。
周りの者たちも、それは同じ。
ひそひそと話す言葉の内容は、すべて俺を軽蔑する単語で構成されていた。
「クエラムさんはしばらく遠征です。誰も貴方を庇いません。貴方自身、理解しているはずですよ? どうして、私がこんなことをしなければならないのかを……」
「そりゃあな。けど、仕方ないだろう? 俺の成果──全部盗まれたんだから」
「……その成果というのも、すべて貴方の頭の中の話。事実はただ一つ、貴方がクエラムさんに商会の破壊を命じたことだけ。それでもまだ、無実だと言いますか?」
「無実だなんてとんでもない。だからこうして、今日も今日とてポーションを無償で収めているんじゃないか」
橙色の世界において、俺は非力な生産者でしかない。
力のすべてをクエラムに委ねている以上、狙われるのは当然のこと。
まあ、わざと防犯装置を用意していなかった俺が悪いんだけど。
試作品を奪われ、それはすでに特許を取ったうえで販売……ギルドの面目は丸潰れ。
これだけだったら、俺は被害者だった。
しかし、とある事情で俺は偽善者として働くことになり──クエラムに指示し、犯行集団を壊滅させることに。
それで被害者と加害者は入れ替わり、行われるはずだった裁きは俺を対象とした。
問題がありすぎて王城まで連れていかれ、無償労働を義務付けられたわけだ。
ちなみにクエラムが遠征に行っているのもその一環、ランク8……いや、9なのでそこまで重くすることもできず、ちょっと強い魔花を倒すだけでペナルティは解消されるぞ。
「まったく、どうして貴方のような人にクエラムさんは付いているのでしょうか」
「キツイこと言うなよ。それはあれだ、俺のダメっぷりをクエラムが気に入ってくれているからだな」
「……いるんですね、本当に。ダメな人を好きになる人って」
「自分で言うのもアレだが、俺のダメっぷりは凄いぞ。勝手に死にかけて、しかもこんな事件まで起こしたわけだしな」
ああ、俺の今のランクは4……ずいぶんと降格されたようで。
商会を潰して金の周りを大きく崩したことが、商人たちの怒りを買ったみたいでな。
金でやれる限りの交渉の結果、過去に記録された最大までペナルティを課せられた。
全レシピの公開、出禁、そして……現在実行しているポーションの納品だ。
けど、それは思う通りに行かない。
レシピは登録していない、出禁はされてもクエラムが供給、問題はポーションだけ。
「ほら、これ……どうぞっと」
「…………相変わらず、とても品質がよろしいですね。ところで、レシピの方は?」
「秘匿も何も、記録もしてない。いやー、偶然って怖いよな」
「……『装華』にも記録されていない上、それは事実、のはずなんですけどね。貴方が言うと、とても嘘くさく感じます」
この世界の生産は、『装華』を纏ったうえで行っている。
能力値やスキルの補正が入るし、レシピからアイテムを作製する機能もあるからだ。
しかし俺は完全マニュアル生産。
生産神の加護は『装華』に依存することなく、俺が生産をしようとすればどんな状態でも、最適な形でそれを行うことができる。
この世界の人々と、まったく異なる方法による生産技術。
だからこそ、これまで俺のやり方で作ったアイテムは一時的に人気が出ていたわけだ。
「情状酌量を獣王様がしてくださって、一ヶ月の猶予が与えられました。それから貴方はいったい何をしたのですか?」
「ポーション作りだな。ほら、ギルドが用意した量が多かったから」
「それは、貴方の起こした被害に対する請求量が多かったからで……同時並行で行うことはできなかったのですか?」
「いやー、すべては俺から成果を奪おうとした奴が悪いわけで……これ、問題ある?」
ただの事実。
もちろん、世界がそんなに優しいモノではないことは重々承知な発言。
周りの奴らが苛立つのは、俺がそれをドヤ顔で言っているから。
ついでに言うと、国からの金の支給だけは変わらず貰っているからだな。
「あと一日です。それで貴方は、晴れて立派な罪人となります……それでも答えは変わりませんか?」
「変わらない変わらない。俺は無罪で、その証明は自分だけでやる。強情? バカ? 人に頼れない? はっ、知ったことか。俺はただ、自分に作れる最高を示すだけだ」
「…………そう、ですか」
「そりゃあクエラムも居ないし、誰も頼らないけどな。明日になりゃあ、俺が正しかったと誰もが信じる……ついでに、ランクが一気に上がれば万々歳だな」
誰かに頼ったところで、その結果など目に見えているのだから。
庇い合いなんて無駄、世の中が理不尽だと奪われたことで気づいただろうに。
俺の言葉を聞いて、腹が立つ者が九割。
いろいろと察して、さらに顔をしかめる者たちが一割……受付嬢は後者だな。
──そりゃあこの世界じゃ、何をしていたかなんて不明だろう。
そんな奴らにも、知ることができるのは明日だ……我ながら、卑怯だとは思うがな。
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