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偽善者と公害対策 二十五月目

偽善者と旅での修行 その06

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 SIDE:クラーレ


「──“回復ヒール”、“回復”、“回復”……」


 ただひたすらに、魔法を唱えていく。
 詠唱は最低限、それでいて消費を抑えるために発動名だけは告げる。

 速く、そして強く魔法を使う。
 それが目の前で苦しむ人たちを、救うために必要なことだから。


「うぅ……」

「大丈夫ですよ、必ず良くなりますから」


 薄っすらと目を開けた患者は、震える手でわたしに手を伸ばしてきます。
 その手をギュッと握り、少しでも良くなるようにと“回復”を使いました。

 その甲斐があったのか、苦しそうな表情は和らいでいきます。
 何かを求めていた手もゆっくりと力を失っていき、わたしが床にそっと置きました。


「お疲れ様です……少し、お休みになられますか?」

「いいえ、次に行きましょう」

「分かりました」


 少し前、この町の近くに『呪病鼠王プレイグラットキング』という魔物が出現し、周囲に甚大な被害を及ぼしました。
 祈念者の皆さんによる防衛が間に合わず、自由民の方々にも怪我人が出ます。

 ……それが、すべての始まりでした。

 自由民の中から、奇妙な症状を訴える方々が出始めたのです。
 回復魔法で治る人も、病気用のポーションが無ければ治らない人もいました。

 共通点として、患者の方には鼠の歯形が体のどこかに付いており、その原因が取り逃がしたネズミによるものだと分かります。

 祈念者の皆さんがそれから王の個体を討伐しましたが、それでも止まりませんでした。
 歯形が残る限り治す手段は確定せず、変化する症状に対応するしかありません。


「ここは?」

「“解毒回復ポイズンヒール”です」

「分かりました──“解毒回復”!」


 唯一、治す手段はありとあらゆる状態異常と傷を癒すアイテム。
 ただしそれは、錬金術でしか生みだせない産物……わたしではどうにもできません。

 なのでわたしが治療することで時間を稼ぐことで、プーチが必要数を揃えられるように魔法を使っていました。

 きっとメルであれば、片手間で作れるアイテムなのでしょう……それでも、今回だけはメルに頼ってはいけません。


「……“解毒回復”、“解毒回復”!」

「次は“解痺回復ポジィヒール”ですが……本当に、休まれなくてよろしいのでしょうか?」

「構いません。それよりも、次の場所へ」


 この教会では、患者の症状に合わせて必要な魔法を施しています。
 浮遊魔法もありますので、同じ場所には同じ魔法で治せる方々が集まっていました。

 次に向かった場所でも、“解痺回復”を施していきます。
 お話によると、おおよそ三時間ほどはこれで安定するとのこと。



 石化、眠り、魔力操作の不調など、さまざまな症状で悩まされる人々を治します。
 メルのお陰で回復魔法への理解度が深まっているため、今はまだ治せていました。


「……この先は複合された状態異常の方々です。一つひとつ解除することは難しく、一度に治す必要があります」

「分かりました──“異常恢復オールリカバー”!」


 使う魔力もその分多くなる代わりに、複数の状態異常を治すことができる魔法です。
 できるだけ魔力を浪費しないよう、繊細な魔力操作で魔法を完成させました。

 それを何度も繰り返して、苦しむ患者さんへ行います。
 強張った顔は緩んでいきますが……体に刻まれたネズミの跡は消えませんでした。


「くっ……魔力が」

「ポーションを飲んでください。それから、しばらくは自然回復に委ねてください」

「で、ですが……」

「すでに十本目です。これ以上は、中毒症状に罹る可能性が高くなりますよ」


 ポーションでの回復量が減衰し、最終的にポーションを受け付けなくなる中毒症状。
 一度罹ればしばらくその症状が続いてしまうので、治療どころでは無くなります。


「……分かりました」

「あなたは立派にやっています。まるで、聖女様のようです」

「……ありがとうございます」


 休むと認識した瞬間、体からドッと疲れが噴き出してきました。
 言い返す気力も失われ、自分がただの人でしかないことを伝えられません。

 案内された場所に座ると、目を閉じて集中します。
 このままでは完治までに時間が掛かる……ならば、それを早める必要がありました。


「はぁ、はぁ……ふぅ──“活魔”」


 魔力の自然回復速度を高め、すぐに再開するための準備を行います。
 メルにやり方は習っています……大気から魔力を取り込むイメージでした。


「……結局、メルに頼ってばかりですね」


 これまでも、そして今も……ですが、これからはそうじゃないと決めています。
 借りモノばかりのわたしですが、せめてメルに追いつくための力を手に入れたい。


「だから……頑張らないと」

「もう、平気なのですか?」

「はい。少しでも多く、速く治さないと。わたしの仲間たちが、手段を見つけてくれているはずです」


 プーチはネズミの能力に効く薬の錬成を。
 ディオンはプーチの護衛、シガンたちは薬に必要な素材集め……みんながみんな、力を合わせています。

 おそらく、わたしが【慈愛】を使いこなせば薬は必要ありません。
 未熟なわたしと違い、メルが動いても治すことができるでしょう。

 ……今は、自分の力不足を嘆く時ではありませんでしたね。
 今の自分にできること、少しでも患者に皆さんが苦しまないように頑張らないと!


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