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偽善者と公害対策 二十五月目
偽善者と東の北奥 その04
しおりを挟む「──“洗状”。よし、成功だ!」
「魂魄の複製記憶も消滅した。完全に隠蔽できたようだな」
本当に手を出さず、北奥の情報を吐かせた女性から俺たちの記憶を消し去った。
記憶喪失の定番である、何かを条件に思い出す……なんてことも絶対にない。
記憶を洗い流す影響は、脳に書き込まれた記憶領域だけでなく、魂魄に刻まれるという複製部分にまで及んでいるのだ。
その域に至るまで、どれだけ成功と失敗を繰り返したモノか。
お陰で女性が怯えてしまい、情報を言ってもなお震えていたよ。
「で、こいつらをどうしようか?」
「女はメルスが遊ぶのだから……男の方は吾が頂いても良いか? どういった変化が生じているのか、調べておきたい」
「……あの、確定事項みたいにしないでもらいたいんだがな。ネロはアッチのモードに切り替えて、改めて接触してほしい。俺は存在偽装をして従者でも演じるから、さっき教えてもらった場所に行こう」
「メルスが従者か……うむ、悪くない」
と言いつつ、ネロは自身に眠るもう一つの力を呼び覚ます。
仄かに放っていた魔力製の瘴気は、聖気に成り代わり周囲を清浄化していく。
黒いローブも白く染まり、彼女を死霊使いと一見しただけで見抜く者はいないだろう。
聖なる因子を発現させることで、聖性を高めた結果である。
今のネロは聖と呪の力を振るう骨の王。
普段の半々状態からどちらかに力の天秤を傾けることで、どちらかに特化した聖者にも魔王にもなることができるのだ。
──存在が書き換わるレベルの種族変更なので、あまり同一人物だと認識されづらいんだよな。
◆ □ ◆ □ ◆
彼らは聖女然とした振る舞いをするネロを迎え入れ、自分たちの拠点に案内する。
口調はともかく、作法は他の眷属からバッチリ習っているので間違いなく本物だしな。
従者役の俺は剣を腰に下げ、周囲を警戒しているだけでいい。
探知には水魔法を使い、時にネロへ飲み水代わりに“水球”などを使っていた。
「着きましたよ。ここが、私たちの村です」
「ふむ……あまり広くは無いのだな」
「あははっ、申し訳ありません。聖女様は、明け透けにものを言ってしまいますので」
「いえ、事実ですしね。それよりも……こちらでございます」
ネロが聖女役ということなので、案内される代わりに回復することを提案している。
こちらも当然、できるようにしてあるので治すことも可能だ。
案内されたのは小さな教会。
ベッドの上に寝かせられている人々が、彼女が呼ばれた理由だ。
「ネロ様、どうか彼らをお救いください」
「いいだろう。だが、その前に……ノゾム」
「ハッ、お任せください」
ネロの代わりに患者と接し、その症状がどういったものなのかを調べる。
的確な魔法を使わなければ、治そうにも治せないからな。
たとえばそれが病気だったのに、魔法で自然治癒能力を高めるだけだったら……全然治せないわけだし。
聖人が使う聖魔法は、さまざまな症状に広く対応している。
しかし、その分使える魔法の種類が多く、選ばなければならないんだよな。
……まあ、聖人の膨大な魔力で強引に治すこともできるのだが、偽善者として自分が身に着けた知識を試したいという理由もある。
「魔力中毒ですね。冷気の魔力が体内に残留してしまい、異物として人々に害を成しているようです。普通のポーションでは、冷気に負けてさらに毒となってしまうでしょう」
「そ、そんな!」
「ご安心を。聖女様の魔法は、中毒症状を払うこともできます。そのため、使えば一時的にではありますが、凌ぐことができるでしょう……お願いします」
「うむ──“回聖”」
普段のネロからは想像もつかないほど、聖性を帯びた波動が患者に送られた。
苦しむ表情を浮かべていた患者は、その波動を受けてゆっくりと安らかな顔をする。
思わず、周囲の者たちは声を上げた。
これまで治せなかった者が治るのだから、当然の反応である。
次々と魔法を施すと、寝込んでいた人々はどんどん魔力中毒から解消されていく。
ただし、冷気は結局外にあるわけで……治しても切りが無いんだよな。
「ふむ……これは完治できても、根治はできぬようだな。どうするべきか」
「皆さん、この寒さにはこれまでどういった対処をしていたのですか?」
「それが……このような異常気象は初めてでして。たしかにこの島はごくまれに吹雪くような場所ですが、それでも体の芯まで冷えるような寒さはございませんでした」
「なるほど、原因は突如として発生したということですか。まだ完全ではありませんが、その原因とやらをどうにかすれば、皆さんをお救いすることができそうですね」
記憶を拝借したわけだし、偽善者として相応の報いをしてやらねばと思う。
それに、寒さの原因が何なのかは俺も気になるし、面白いことだとも考えている。
「では、吾とこの従者で原因を突き止めてこの寒さをなんとかしようではないか!」
「おおっ、聖女様!」
「任せておけ。願われれば応える、それが聖女というものだからな」
まるで自分は聖女じゃない、そう言っているようにも聞こえるネロの発言。
しかし、人々はそれに気づくこともなく、彼女の言葉に盛り上がるのだった。
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