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偽善者と公害対策 二十五月目

偽善者と屍検証 後篇

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 しばらくぐっすりしていると、周囲に展開していた警戒用の魔法に反応があった。
 こんな場所に来るのは、最初からここに俺がいると知っているヤツだろう。


「待たせた……いや、そうでもないみたいだな。だがまあ、無防備な姿もなかなか……」

「おい、何を考えてやがる」

「なに、メルスがずいぶんと心地よく眠っているものだから、同衾したいと思っただけのこと。元はアンデッドだが、人の身を得て睡眠の良さも知ったよ」

「紛らわしい……というか、お前そんなこと言うけど、普段は寝ずに研究する方が楽しいとか言っているじゃないか」


 不眠不休で働く、社畜みたいな性質を持つのが狂科学者マッドサイエンティストの特性ともいえる。
 ベッドから起き上がると、ネロが顔に符を付けた屍たちを引き連れて戻ってきていた。


「おー、お疲れ様。それで、見つけたのはこれで全部なのか?」

「いや、一部は『書』の方に入れてある。ただの屍に符を貼る、それだけでもアンデッドというカテゴリーに含まれるようだ」

「へぇ、初耳だ。ついでに、そのことに関してもう少し詳しい話を聞きたい。ネロも最初から、その気だったんだろう?」

「無論、メルスに聞いてほしかったのだ」


 アンデッドとは本来、負のエネルギーを用いて活動する魔物の総称である。
 肉体だけ、霊体だけなど、その種類は多岐に渡った。


「まず、事前に聞いていたように体内に魔核は確認できなかった。すべての個体がそうであることから、アンデッドであってアンデッドではないことが判明した」

「いやまあ、不死人って意味ならアンデッドだけど……ん? ここが違うのか」

「そうだ。たしか、この符は“使屍”という術式なのだろう? この術式はアンデッドを生みだすのではなく、あくまでも死体を操作するというものだ。外法と呼ばれたのも、誰でも使えるからこそなのだろうな」


 本来、アンデッドを操るためには闇系統の魔法が必要となる。
 だが、物体を操るためだけなら、そういった適性が無くとも可能だ。

 分かりやすい例を挙げるなら、糸を使った操作である。
 魔法でもなんでもなく、人形師なら誰でもできるやり方だ。


「なるほどな。アンデッドとして使うんじゃなくて、駒として使うわけだな。符はプログラム、別にアンデッドじゃなくても使えればいいわけだ」

「もちろん、それではアンデッドの性質である負の魔力による動力の自動確保や瘴気による肉体強化はできない。だが、肉体欠損の無視や脳のリミットを失ったことによる限界突破は行えるだろうな」


 瘴気を用いて活動していないので、浄化を喰らっても普通に活動できるだろう。
 また、アンデッド用の対策も瘴気それに特化しているのであれば、すべて無効化できる。

 単純に死体を破壊する攻撃や、符の術式を解除する『術』。
 こちらの島国ならば、そういったモノが求められるだろう。


「ただの死体が限界突破しても意味無いだろうけど、こっちの世界だとレベルがあるから怖いのか……ん、レベル?」

「うむ。メルスが感づいた通り、死後は十全の力を扱えないだろうな。種族レベルとは体に溜め込んだリソースの総量を指し、その分だけ強度は増すだろう……が、レベルがあるシステムはそれだけではない」

「職業やスキルといったシステムは、体ではなく魂魄に宿る。魂魄と紐づけされている生前ならともかく、乖離してしまったあとじゃそれらは体の残った残滓分しかない。単純に考えても三分の一ぐらいしかないな」


 アンデッドの死後、種族名にかつて就いていた職業名が付いていたりするのは、それが理由だ。

 どういった人生を送ってきたのか、残った器から読み取り最適な職業名を与える。
 最期の職業が隷属系でも、『闘士ファイター』みたいな名前が付いていた個体がいたしな。


「この死体の状態だと、職業は付かないただの死亡状態なんだな?」

「うむ。放置され、水に漬けられていたのだから、当然蘇生も不可能。生前の動きをさせようにも、すでに喪失しているだろう」

「前にこの術式は死者への冒涜って言っていたけど……アンデッドとして使役するより、もっとえげつないレベルで冒涜しているな」


 それこそ、アイが殴り込んでこないのが不思議なくらいだ。
 今のご時世祈念者絡みの事件が多く、その処理に追われているんだとは思うが。

 GM姉妹たちやリオンも、似たような理由で忙しい日々を送っているそうだし。
 この屍たちが作られた一因にも、祈念者は関わっているのだ。


「で、調べてみてどうだった?」

「参考にはなったな。だが、これでは魂魄の研究には使えぬ。もっとも貴重な魂魄を捨て去り、肉体のみを使うとは……なんという冒涜だろうか!」

「お前もお前で、英雄たちをアンデッドにするとか腐りきったことをしてただろうに」

「むぅ……言うてくれるな。すべては魂魄の神秘を見届けるため。過去に行ったすべて、一つとして無駄にはせぬよ」


 地球におけるすべての技術が、何の犠牲も必要とせずにできたものではない。
 ネロの行ってきた残虐で暴虐的な魂魄実験も、遠い未来からすれば偉業なのかもな。


「さて、それじゃあ水から上がるか」

「転移で良いのではないか?」

「……縛り中だろ。使えるモノだけ使うんだから、今回は諦めてこっそり行くぞ」

「やれやれ、仕方のない奴だ」


 今のネロを見て、誰がそんな偉業や悪行を成した者だと見抜けるだろうか。
 ふっと息を漏らした俺は、ネロの頭に手を載せて──思いっきり力を籠めるのだった。


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