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偽善者と貯蓄期間 二十四月目
偽善者と生死の試練 その12
しおりを挟む「──えっ?」
そりゃあもう、アイの表情ったらひどいことになっている。
俺に嵌めようとした指輪が急に消えて、彼女の手は宙を切ったのだから。
俺を助けようとして、自分なりの覚悟を定めたのだろう。
そしてそれを無為にされ、己のナニカを削り生み出したアイテムを消失された。
──まあ、アイは何も悪くないんだが。
感触を確かめ、自由に動かせるようになった左手でアイの頬を撫でる。
「……えっ?」
さっきとは異なる抑揚の、違った心情が籠められた声だった。
実際、さっきまではアイが治してくれた右手しか動かせなかったからな。
「指輪は受け取った。ただ、その指だけは特別だからな……いろいろとあって、誰かのモノと証明できないようになっているんだ」
「どういう、ことでしょうか?」
「まあ要するに──こういうことだ」
左の掌を上に向けると、勝手に薬指から指輪が抜けて中央で漂う。
そして、小さく光を放つと──無数の指輪がその周囲に出現した。
その中には、先ほどまでこの場に在った黒い指輪もあって──
「『統合の指輪』って言ってな。入れた指輪のスキルを全部使える……でまあ、他の眷属から貰った物もここに入っているんだ」
「皆さん平等に、ということですね」
「らしいな。前に左手をたくさん用意すればいいんじゃないか? って言われて本気にするヤツがいたから、そういう纏め方で納得してもらうことになった」
創るために、これまただいぶ苦労したのだが……それはまた、別のお話。
その後は眷属たちが、最高の指輪を作ろうと努力したりするが……これもまた(ry。
「アイの指輪もちゃんと受け取った。だからこうして、手を動かせるようになった」
「……少々想定外ですが、揉めたくはありません。メルス君が指輪を受け取ってくれた辺りで、満足しておきます」
「試練も終わったし、余韻に浸りたい……けど、やらないといけないことがあったな」
「やらないといけないこと……ですか?」
これもまた、俺の独り善がりな考えではあるんだが。
指輪の一つに意識を集中し、イメージを浮かべて魔法を発動する。
魔力によって肉体が包まれ、俺の体は少しずつ小さくなっていく。
体も華奢なものへ、何より『相棒』が一時的に失われる。
顔もモブ顔から眷属たちに匹敵する、愛らしさを誇る美少女フェイスに。
パチパチと目を瞬かせ、俺の変化にアッと驚いた表情を浮かべるアイに声を掛ける。
「いろいろと話したいことがあるんだ。もう少し、付き合ってくれる──アイちゃん?」
「はい、もちろんです──メルちゃん」
互いに初めて出会った時の呼び方で、自分たちを呼び合う。
理解者として一歩関係が進んだ今なら、話し合いもより楽しくなりそうだしな。
◆ □ ◆ □ ◆
「……えっ? アイちゃんが、眷属になりたいの? あ、あんまりオススメはしてないんだけど……」
「ダメ、でしょうか?」
「ううん、なってくれるなら大歓迎だよ! でも、アイちゃんにはお仕事もあるし、そもそもなる必要が無いんじゃないかなーって」
俺から話す話題が尽きた辺りで、衝撃的な話をしてきたアイ。
なんと、俺の眷属になりたいと言ってきたのだ……特典とかあったっけ?
能力値の補正は停止中だし、スキルを共有しようにもアイの方がスキルも優秀だ。
経験値? もうカンスト以上に育っているアイに今さら必要ないだろう。
しいて言うのであれば、俺や他の眷属たちとの繋がりが生まれるくらいだが……俺とて自分という存在を理解しているつもりだし、そういうことではないだろう。
「──私はメルちゃん……いえ、メルス君の試練を行うということで、調査を行っていました。メルちゃんは普段、亜空や異空間に居るようですので今のことは分かりませんが、終焉の島に関することは分かりました」
「うん、最初は異空間のスキル──夢現空間も使えなかったから、普通に暮らしてたよ」
「漂う霊体たちから聞きました。メルちゃんたちが、どんなことをしてきたのか。彼らもメルス君の活躍に胸躍り、一部の方は成仏されたようです。誰かに広めたかったと、私に伝えて成仏された方も居られました」
「そ、そんなに凄いことしたかな? 私は別に、みんなを事情も知らずに勝手に救いたいだけだったし……」
偽善という大義名分にもならない理由を背負い、勝手にやらかした結果がそれだ。
霊体たちがそのどこに刺激されたのかは不明だが……そうか、観られていたのか。
「私はメルちゃんたちのことを、もっと知りたいと思いました。これまで死者の方々のことだけを考えてきた私にとって、それは初めての経験でした」
「……うん」
「そして、メルちゃんは私を理解してくれました。共に歩くことを、受け入れてくれました……すべてが初めてのことばかりです。何か間違えてしまうかもしれませんし、支えてほしいとも思っています」
「だから……眷属なの?」
俺にとって眷属とは家族、共に居て欠けたナニカを埋め合う関係だ。
アイもまた、その欠けたものを補うために理解者を探していた。
「嫌ならば、否定してください。ですが、私はメルちゃんの居る世界に混ざりたいと……そう思いました。これから生きる世界を、メルちゃんたちといっしょに見たいのです」
「……アイちゃんの望むような場所じゃ、無いかもしれないよ?」
「ふふっ、大丈夫ですよ。そういうことを心配してくれるメルちゃんの世界なら、間違いなく私は満足できます」
「……もう、しょうがないなぁ」
こうして、新たに眷属が加入する。
それは『還魂』という『超越種』でも、霊体たちを導く生死の冥王でもなく……アイという、可愛らしい一人の女の子だった。
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