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偽善者と貯蓄期間 二十四月目

偽善者と生死の試練 その06

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≪汝、生と死の越境者≫


 次なる試練が始まった。
 領域に干渉し、腕に嵌めた真っ白な腕輪の能力によって法則を理解できる俺は、知りたくもなかったとんでもない試練の内容を、すぐに理解してしまう。


「──ッ!」

「そんなに距離を取られると、少し寂しいモノがありますね」

「……まだ、死にたくはないからな」

「直接は関わりません。ただ、メルス君が長く試練を送るのみです」


 試練の内容、それはアイの無敵化。
 配管工のオジサンが無敵になる星の如く、どれだけ俺が攻撃しようといっさいの干渉を拒絶していく。

 今のアイは、触れただけで俺を殺せる。
 神々しくも禍々しい長杖もまた、どんな力が秘められているのかまだ不明だ。


「では、いきますよ」

「……くっ、来い!」


 アイはその華奢な体躯からは想像できない素早い動きで、武器を振るってきた。
 俺は即座に大太刀を手放し、腰に差していた二本の剣を改めて引き抜く。

 構えを取って交差した剣で杖を受ける。
 途端、肩に強烈な負荷が襲う。
 身体強化だけではない、ナニカの力によって足が陥没するレベルで押し付けられた。


「……読み込み、か?」

「もう、ご理解いただけたのですか? さすがはメルス君です」

「俺も似たようなことをしているからな。それに、さっきの霊体たちに関する説明もあったから気づけた。ヒントを出して、理解しやすくしてくれたんだろう?」

「そうですね。ですが、気づこうと思わねば分かりませんでしたよ。その点は、しっかりと誇っていただけた方がいいですね」


 アイの権能は魂魄の複製が行える。
 ならばそれを使うことで、自身の強化を行うこともできる……つまり、憑依のようなことができるのでは? と思ったのだ。

 俺もまた、眷属たちの魂魄を一部借り受けて戦う術を持っている。
 だからこそ、アイのやっていることが僅かながらに理解できた。

 要するに今のアイは、英霊たちが持っていた戦闘技術を所持している。
 魔法など属性適性があるものは分からないが、少なくとも武術であれば全部可能だ。


「なら──“代替行為”」


 俺の剣技はティルに習ったもののため、そこにはある決まった法則性がある。
 眷属たちに習った型、あとは我流による強引な闘い方しかできない。

 しかし、この能力を使えば話は別。
 精錬された構えを取れるようになり、アイの振るう杖を打ち払えるようになった。

 だが、アイは俺が杖を受け止めたこと以上に衝撃を受ける。
 そりゃあそうだ、この技を彼女は知っているのだから。


「……この型は」

「そりゃあ知っているか。真牙流双剣術──成仏したあの人の我流剣技だ」

「あの本は、そういったことをするための物でしたか。彼らもそれを了承しましたし、構わないのですが……ズルいです」

「ず、ズルい?」


 無敵時間には制限時間がある。
 試練の間ずっと無敵などという、そこまでチート臭い仕組みではない。

 それでも貴重な時間を使い、アイはそんなことを言い出す。
 一瞬、罠かと思ったが……うん、プクーっと膨らんだ頬が違うことを証明していた。


「私の権能と同じことを、メルス君は人の身で成し得ています。それは神々の力によって超越した私と、人が同じ到達点へ辿り着いたことを意味しています」

「スキルがあるからな……で、それがどうなるんだ?」

「システムはあくまで、補助輪。メルス君がそこに至ったということは、人族にそこへ至れるだけの可能性があるということ。すでに限界を超え、先の無い私にとって……可能性とは、とても喜ばしいモノなのです」

「……俺はそんなに頭がいいわけじゃない。だから、アイさんが言っている意味は分からない。だって、可能性が無いなんてことありえないからな。俺はそれを、眷属たちから教えてもらった」


 生き続ける限り、人とは成長を止めることのない生き物だ。
 その象徴がニィナ、無限に成長する彼女もまた、『超越種』の一人である。


「アイさんは、いつも使者たちと接しているだろう? どういった対応がいいのか、常日頃工夫している。この都の人たちは、だからアイさんを好きなんだ。死者の王だからじゃない、アイさんだから好きになった」

「メルス君……」

「上手くは言えないけど、要するにさ。何も始まっていないんだよ。アイさんがやりたいと思えば、なんだって始められる。可能性はそれこそ──無限に広がっている!」


 システム的にすべてがカンストしていようと、本人の成長が終わることはない。
 可能性なんて、行動すれば勝手についてくるものだ。


「──分かりました」

「ん? 何を……」

「いえ、これは試練を終えた後に成したいと思ったことです。今のメルス君は、試練を果たさねばなりませんね」

「ありゃりゃ、このまま時間を終わらせてくれても良かったんだけどな」


 無敵時間もだいぶ経過している。
 しかしそれでも、俺を殺すには充分時間がまだ残っていた。


「メルス君のお陰で吹っ切れましたし、お礼に全身全霊を賭して戦わせてもらいます」

「え゛っ!? ……いや、できるならもっと優しく──」

「では、頑張ってくださいね?」

「うぐっ……分かったよ、分かりましたよ。なら、俺も全力だ──“神域到達”!」


 あらゆる限界点を踏み越え、辿り着くは神の領域。
 完璧な動きとそれを扱う器を揃えた──今こそ、アイを理解する時だ。


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